人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されている。今回は著者による書き下ろし原稿を特別にお届けする。
集団食中毒の原因は?
2024年7月、山梨県の高齢者施設で37人が集団食中毒の被害にあった。原因はウェルシュ菌である。
実は、4月には大阪府で70人、5月には石川県で62人、6月には長野県で合計200人がウェルシュ菌による集団食中毒の被害にあっている。
ウェルシュ菌による食中毒は年間20~40件起こるが、その最大の特徴が「1件あたりの被害者の多さ」である。ウェルシュ菌食中毒1件の平均患者数83.7人は、他の細菌性食中毒と比べても群を抜いて多い数字なのだ。
なぜなのだろうか。
その謎を知るために、まずはウェルシュ菌の恐ろしくも興味深い特性から説明しよう。
ウェルシュ菌の生命力
実はウェルシュ菌には、人間にとって恐ろしい特徴がある。それが極めて強い「耐熱性」だ。
ウェルシュ菌は、何と100度で1時間加熱されても死滅せずに生き延びる。私たちが漠然と抱く「火を通せば安全」という発想は、全く通用しない。
さらに、酸素が少ない環境で増える特徴を持つ、「嫌気性菌」の一種である。「密閉」「真空」といった、一見すると安全に思える環境こそ、彼らには絶好の環境なのだ。
ちなみに、アルコール消毒でも太刀打ちできない。人類を嘲笑うかのような、恐ろしい生命力である。
なぜウェルシュ菌はこれほどまでに強靭なのだろうか。
その理由の一つが、「芽胞」と呼ばれる特殊な形態だ。「芽胞」とは、いわば「殻」のような状態で、厳しい環境変化に耐える力を持つ。
主にクロストリジウム属やバシラス属など、一部の細菌が持つ特殊な「変身能力」だ。
熱や乾燥、有害な化学物質など、生命を脅かす攻撃が来れば「芽胞」になってやり過ごし、温度や栄養などの環境が整うと再び発芽し、一気に増殖する。
大鍋で調理された食品に注意
この狡猾とも言える生命力が、食中毒を引き起こす重要な要因なのである。
ウェルシュ菌に特に多いのが、カレーやスープ、煮物など、大鍋で調理された食品での食中毒である。
細菌は、たとえ沸騰した鍋の中でも芽胞となって生き延びる。調理後、温度が下がるとウェルシュ菌は発芽し、悠々とその子孫を生み出していく。
大鍋の奥深く、酸素が少ない環境こそ快適な居場所だからだ。
こうして増えた大量の細菌が毒素(エンテロトキシン)を産生するため、摂取した人に激しい下痢や嘔吐を引き起こすのだ。
食中毒を防ぐには、料理を長時間常温で放置しないことや、小さい容器に小分けし、すぐに冷蔵庫で保存することなどが大切である
ウェルシュ菌の強靭な生命力と、大量調理でこそ増殖しやすい特性が、大きな被害を生み出す要因なのである。
【参考文献】
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/324-c-perfringens-intro.html
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/foodpoisoning/f_encyclopedia/clostridium.perfringens.html
(本原稿は、『すばらしい医学』の著者による書き下ろしです)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)
外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に19万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。新刊『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)は3万8000部のベストセラーとなっている。
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