人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1300万PV超、X(旧Twitter)(外科医けいゆう)アカウント10万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)から「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は、「山本先生、人体や医学のことを教えてください」をテーマに、弊社の新人編集者による著者インタビューをお届けする。取材・構成/森遥香(ダイヤモンド社書籍編集局)。

がん 家族Photo: Adobe Stock

がん患者の家族にしかできないこと

――もしも家族の誰かが「がん」と診断されたら、どのようにフォローすればいいですか。

山本健人氏(以下、山本) 患者さんの性格や家族との関係性によって適切な対応は違うと思いますが、いずれにしても身内の人が「何をしてあげたらいいんだろう」とあまり考えすぎない方が良いと思います。なぜなら、専門家でない人ががんを治すためにできることはほとんどないからです。逆に言うと、近しい関係にある人しかできないのは、不安な心情を受け止め、ゆっくり話を聞くことです。それだけで心が救われる人もたくさんいると思います。

 加えて、医学的な疑問や困ったことについては、専門家に必ず相談するのが大切です。患者さんが知人にアドバイスを求めたり、闘病記録を読んだりして、他の患者さんに自分自身を重ね合わせ、余計に不安になってしまうことがあるからです。がんの専門家の言葉を信用するよう、本人に思ってもらうことが一番大事です。あまり家族が気負わなくてもいいと思います。

 逆に医者が一番心配するのは、家族が頑張っていろいろ調べすぎてしまうことです。「がんに効く」と謳っているが科学的に立証されていない民間療法などを見つけて、患者に勧めるのはおすすめできません。専門家でないと良し悪しは判断できないからです。

「がん=怖い病気」とは限らない

――実際に身内が「がん」と診断されると、正気を失って民間療法などを調べてしまいそうです。

山本 がんになるとすごく動揺して慌ててしまうのは自然なことですよね。最も覚えていてほしいのは、がんは200種類以上ある病気の総称なので、がんの種類によっては異なる病気だと思ってもいいくらい病状や治療が違うということです。さらに、同じがんでも進行度によって治療の種類や必要性が異なります。なので、がんを「怖い病気」と一括りにして捉えないほうがいいです。たとえば、私の専門の大腸がんに関しては、ごく初期段階のものは手術しなくても大腸カメラを使って表面を削り取るだけで治ることもあります。こういうがんには「怖い」というイメージが当てはまりにくいですよね。

――治しやすいがんと治しにくいがんの違いはありますか。

山本 がんの種類や進行度によって治癒する人の割合はずいぶん違うので「治しやすいがん」を明確に答えるのは難しいですね。たとえば、すい臓がんは治療が難しいがんと言われることが多く、手術を受けられる患者さんはわずか約20パーセント、手術できても再発率が高く、手術後の5年生存率は20-40パーセントとされています(https://www.jshbps.jp/modules/public/index.php?content_id=14)。
 一方で、前立腺がんの中には、進行がとても遅く、10年スパンで長期間に渡ってお付き合いする患者さんも多くいます。大腸がんは、比較的早い段階で発見して手術で治る人もいますし、中には手術を受けて2~3年してから再発する人もいて、治る人の割合は進行度によってさまざまです。

治る確率は個人には分からない

 このように、がんの種類や進行度によって事情があまりにも異なりますし、個人差も大きいので、私たち医者は「あなたのがんが治る確率は何パーセント」という言い方はしません。もし数値を聞きたいという患者さんがいれば、「5年生存率」や「生存期間中央値」を患者さんに説明することはあります。

「5年生存率」は5年後に、同じ病状の人が100人いたらそのうち何人生きているかを計る統計学的な数字です。ある特定の患者さんが5年間生きられる確率ではありません。「生存期間中央値」は、がんと診断された人を追跡したときに何日間生きられるかの中央値を示した数値ですので、こちらも集団を対象にした数値です。

 ある患者さんの余命は、神様にしかわかりません。この点で、医者からすっきりした答えはどうしても得られないのですね。

(本稿は、『すばらしい人体』の著者・山本健人氏へのインタビューをもとに構成した)