2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。

【究極の顧客理解の事例】ハルメクは、なぜ5年間で発行部数を3倍に伸ばせたのか?Photo: Adobe Stock

顧客の解像度を高める3つの条件

 顧客理解に必要な要件として「定性的な顧客理解」「定量的な顧客理解」があると説明したが、それに加えて「顧客愛」を加えたい。

 下図からわかる通り、「顧客を理解」するだけでなく、「顧客愛」が非常に重要だということである。顧客に価値提供をしたいと思う強いこだわりや共感をする「カスタマーファウンダーフィット」が重要になる。

「定性的な顧客理解」「定量的な顧客理解」「顧客愛」を駆使してうまくいっている事例として、2023年に一時50万部を超えて話題となったシニア女性向け雑誌『ハルメク』を紹介しよう。雑誌業界は衰退の一途を辿っているにもかかわらず、山岡朝子氏が編集長になって以来5年間で売上部数16万部から49万部*)と3倍にまでに伸ばした実績を誇る。*)日本ABC協会発行社レポート(2022年7月~12月)

 廃刊・休刊に追い込まれる雑誌も多い中で、『ハルメク』はダントツに売上を伸ばしている。読者分析に際してモチベーショングラフは使っていないと思うが、モチベーショングラフを使ったかのように、顧客の定量・定性の解像度が非常に高いので紹介したい。

毎月2000通の「お客様の声」を徹底的に読み込む

 顧客理解に際して、『ハルメク』はペルソナの設計はもちろんのこと、一次情報として毎月2000通ほどのお客様の声(彼らはこれを手紙と呼んでいる)が届くが、これを徹底的に読み込んでいるという(下図)。

 上図に資料を載せたが、何か悩むポイントがあると「自分の中の65歳のA子さん」と対話して、お客様の声を自分事として理解していくそうだ。この「A子さん」は自分たちにとって都合の良い読者像ではなく、毎月2000枚もの「手紙」からリアルなペルソナ像を紡いでいっているのだ。加えて、シンクタンクによる定量分析も実施。記事ごとの評価なども取って、次の企画に生かしている。

 こうした徹底した顧客分析に加えて、注目すべきなのが顧客愛である。

 編集長も含めて、顧客の声を聞きに現場へ行く。『ハルメク』は少人数のグループヒアリングやイベントで、実際に顧客と対話し、気づきを得ているのだ(下図)。これは定性的な理解につながることはもちろん、リアルな読者に会うことで顧客愛の醸成につながっている。

大ヒットしたスマートフォンの使い方特集

 顧客の解像度を上げてヒットした『ハルメク』の企画内容を紹介しよう。読者と弁当を食べながらの花見会をしたという。その時に、フィギュアスケートの羽生結弦選手がNHK杯に出場するタイミングで、参加者がその結果が気になっているようであることに気がついた。

 若い人であればさっさとネットニュースで調べればいい。しかし、シニア世代はスマートフォンの使い方に明るくなく、情報に行き着くのが難しい。そこで、シニア世代のニーズをとことん掘ったスマートフォンの使い方特集が未充足を満たせるのではないか、ということで企画したらそれが大ヒットした。

(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。