飛鳥と千種が戦った全日本選手権に段取りなど一切なかった。自分がやりたい攻撃を全力でやる。ただそれだけだ。飛鳥が場外で千種に強烈な蹴りを叩き込むと、ふたりの蹴り合いは次第に飛鳥優勢へと傾いていく。

書影『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(光文社未来ライブラリー)『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(光文社未来ライブラリー)
柳澤健 著

 飛鳥が千種を押さえ込み、レフェリーのスリーカウントが入ったのは、試合開始から18分が過ぎた頃だった。

 王者の防衛は順当な結果だった。千種は空手の有段者だが、身体は細く一般人並み。いかにもプロレスラーらしい飛鳥とは体格が違う。体重も飛鳥が遥かに重かったから、張り手の一発、蹴りの一発に重みがあり、その上飛鳥は押さえ込みルールの試合では無敵の強さを誇る。

 これまでの試合と異なるのは、全力を出し切ったことと、観客が大いに沸いたことだった。ライオネス飛鳥は、勝ったことよりもそのことの方がうれしかった。