「網走の合宿、たくさんの方が応援にいらして下さった。最後は確か、800人ぐらい。その中の何人ぐらいやったかなあ、サインお願いしますって言ってくださった方全員にサインしました。ほんまに全員。というのも、これが代表でする最後のサインになるかもって思ったんで」

 一筆一筆を振るうたび、万感の思いが込み上げた。

 初めてサインを頼まれた時の照れくささと嬉しさ。できることならば断りたい、ズタズタの精神状態の際に差し出された色紙に、作り笑顔で向かい合ったこと。自分なんかのサインでも、ラグビーを好きになってくれるきっかけになるかもしれない。そう思って、精一杯、そして誠心誠意、書いてきた。

 だが、そんな日々も、今日で終わるかもしれない。この1枚が、日本代表・田中史朗として最後のサインになるかもしれない――。

 そんな心中など知る由もないファンは、サインを手にして笑顔で去っていく。その1人ひとりに、田中は「ありがとうございましたーっ」と威勢よく声を張り上げた。

 威勢、ではなく、虚勢だった。