世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、『朱子語類』を解説する。
孔子、孟子の説いた儒学は、生活に密着した実践的内容だった。これを引き継いだ宋代の朱熹が、形而上学的な原理を導入して、宇宙と人間の関係を「理気二元論」によって説明する。そしてそこから、人間の生きるべき倫理を示した大宇宙レベルの道徳書である。
理と気で宇宙のすべてを説明する壮大な哲学
朱子学(程朱学・程朱理学)は、南宋の朱熹によって体系化された儒教の新型と言える学問で、『朱子語類(朱熹語類)』は、朱熹(朱子)が門弟たちと交わした言葉を、朱子の死後に修正分類して編纂された書物です。
朱熹は、性即理説をもとに、天理(天が理である)思想や、仏教思想、また、道教の正座などの瞑想法をとりいれつつ、個人と宇宙がつながっているという壮大な学問体系を展開しました。
朱熹によると、理は形而上の存在で、気は形而下の存在です(理気二元論)。
理と気は、密接につながっていて、気は、この世の中の万物を構成する要素としてあらゆるところに存在しています。
気の動きが活発なときは「陽」、反対は「陰」と呼ばれます。陰陽の2つの気が凝集して木火土金水の「五行」となり、「五行」の組み合わせで万物が生じるとされます。
さらにここから「性即理」が唱えられます。朱熹によると「性」に「理」があると考えます。
「性即理」の「性」とは心が静かな状態です。この「性」が動くと「情」が生じ、さらにこれが激しくなると「欲」となります。
よって、「情」をコントロールして、本来の「性」を維持する必要があるのです。
この「性」に立ち戻ることが「修己」と呼ばれます。
では、そのように自己をコントロールする修行法はどのようなものなのでしょうか。朱熹によるとそれは「居敬窮理」と呼ばれるものです。
まず「居敬」の心をもって、宇宙の原理としての「理」を窮め、宇宙と一体化して「理」そのものの存在になりきることが「窮理」の境地なのです。これは、達人としての悟りの境地といえるでしょう。
朱子学が日本に与えた影響とは?
朱熹の学は、科挙試験として国家の公式の学問に認定されていました。
よって、中国社会では朱子学を知っていることが一つのステイタスとなりました。
朱子学は、中国だけにとどまらず、13世紀には朝鮮に伝来します。朱子学は、朝鮮王朝の国家の統治理念としてまで重んじられました。
朝鮮(李氏朝鮮:1392年~1910年)は、それ以前の高麗の国教であった仏教を排除して、朱子学を官学とします。
16世紀には李退渓らの偉大な儒者が出現しましたので、現在でも朝鮮文化には、朱子学の影響が大きく残っています。
一方、日本にもこの朱子学はとてつもない影響を与えました。
朱子学の日本への伝来は諸説ありますが、五山を中心として、元の一山一寧が学説を広めます。
また、後醍醐天皇は、朱子学の大義名分論を深く信奉し、天地の道理をこの世界に実現すべく、鎌倉滅亡にはたらきかけ、建武の新政でその理想を実現しようとしました。鎌倉幕府が滅亡した要因の一つに朱子学があるのは驚くべきことです。
江戸時代になると、林羅山によって大義名分論は、「上下定分の理」として封建制の基礎理念となりました。
また、寛政の改革では、老中松平定信が、1790年(寛政2年)に寛政異学の禁を発し、聖堂学問所では朱子学以外の講義が禁止されました(聖堂学問所は、江戸幕府直轄の昌平坂学問所となる)。
朱子学の思想は、近代日本にも影響を与えています。
1890年(明治23年)の「教育勅語」では、「六諭」が近代日本の道徳思想として取り入れられました。
朱熹は、現代のタイム誌の「2000年の偉人」で東洋の偉人の一人として評価されているほどです。
日本では西洋の哲学が人気ですが、このような東洋のすぐれた学問も日本の教育にもっと取り入れていくべきではないかという声もあります。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。