「ツレがうつになりまして。」(幻冬舎刊)が発刊されたのは、2006年3月。うつを発症した夫「ツレ」の療養生活を、明るく面白おかしく、ときにしみじみ描いた漫画に、話題は沸騰した。すでに手に取り、夫婦とともに泣き笑いした読者も多いのではないだろうか。
それから約2年――。うつを乗り越えた今、2人は何を思い、どんなふうに当時を振り返っているのだろうか。著者である細川貂々(ほそかわ てんてん)さん夫婦に、漫画には描かなかったあれやこれやをうかがってみた。
うつの前にやってきた
躁状態
――2004年のうつ発症まで、ツレさんはハードウェアメーカーのサポート係をされていたんですね。漫画には、会社の人員削減で、サポートのかたわら修理業務や在庫管理、外国の本社との交渉に追われまくる、という大変な状況に追い込まれた様子が描かれています。
ツレさん(夫):サポート業務は、自分から志願して担当した仕事でしたから、やりがいはありました。ところがITバブルの崩壊で、会社の経営が悪化。海外の本社から人員削減の指示が飛んだ。30人ぐらいいた社員が、10人、20人と減っていって、気付いたら僕を含め5人に・・・・・・(笑)。一時期はかなり大変でした。残業代が支払われないので、仕事を自宅に持ち帰り、夜中の12時くらいまでかかってやっていた。精神的におかしくなったのは、多忙な生活がピークを過ぎた頃でしょうか。突然、人が変わったように遊び好きになったんです。
貂々さん(妻):もともと、退社後に寄り道したりする人じゃなかったんです。それなのに、仕事帰りにライブに行って、終電で帰ってきたり。ライブ会場で知らない人に声をかけて、夕食をおごったこともあったらしい。もう、ほとんど寝ないで遊んでいました。妙にハイテンションだった。
ツレさん:大きな買い物もしていたな。太鼓とか、アコーディオンとか(笑)。
貂々さん:そう。演奏もできないのに。
ツレさん:「僕は天才だからすぐマスターできる」とか言い出して。今から考えると、たしかにおかしい(笑)。仕事量は減っていたけれど、人数が少なくなって責任は重くなっていた。そこから逃げようとして空回りしていたのかもしれません。燃え尽きる寸前の花火みたいでした。
――完全に躁状態だったんですね。ご主人の精神的な変化には気づきましたか?
貂々さん:いいえ、全然。ただ、急にいびきが大きくなって、仕方なく寝室を別にしたりしていました。それに、風邪がいつまでも治らなかった。肩こりや動悸もひどかったですね。