しかし、筋トレの後に起き上がれないほどの苦痛を体験することで、「おれはこんなに頑張ったんだ、えらい!」と、自分を褒めたい気持ちになります。
苦痛は「自分の存在を確かめる」
快楽であり、自己実現だった
このように考えると、なぜ人が苦痛を自ら追い求めるのか、という問題について、一つの仮説を立てることができます。すなわちそれは、身体的には苦痛であるが、自分の存在を確かめられるという意味では、快楽だから、ということです。
苦痛は、ある場合には、それによって自分が自分であることを確信させてくれるもの、すなわち自己実現に寄与することになるのです。
それでは、どのような理由であれ、自傷行為は許されるのでしょうか。
たとえば、自分の手首を刃物で切る行為を、リストカットと言います。自傷行為と聞いてまず人が思い浮かべるのは、このような行為ではないでしょうか。それでは、筋トレと同じように、リストカットもまた許されるのでしょうか。
私たちは、どうにも、簡単に「そうだ」とは言えないでしょう。筋トレは許されるけど、リストカットは許されないように感じます。