なぜ「103万円の壁」なのか
基礎控除が労働時間、年収を抑えることに

 まず、国民民主党が問題としている「基礎控除」について説明しておこう。

 所得税では、1年間の全ての所得から所得控除を差し引いた残りである課税所得に税率を適用して、税額を計算する。

 所得控除には医療費控除や社会保険料控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除、そして基礎控除などがある。

 基礎控除は全ての人に適用される控除で、納税者本人の合計所得金額に応じて、次のようになっている。

 所得が2400万円以下は48万円、2400万円超2450万円以下は32万円、2450万円超2500万円以下は16万円、2500万円超は0円だ。

 給与所得者の場合には、給与所得控除が行なわれる。給与所得額を確定させるために、1年間の給与収入額に応じて差し引かれる控除だ。個人事業主のように収入から経費を差し引くのではなく、給与所得控除を給与収入に応じて「経費分」として差し引くのだ。

 所得税が課税されない年収ラインが「103万円の壁」と呼ばれるのは、基礎控除48万円と給与所得控除の最低額55万円の合計額が103万円になるからだ。1年間の収入が103万円以下であれば、基礎控除と給与所得控除を引くとゼロになるため、所得税は発生しない。

 しかし、年収が103万円を超えると、配偶者控除の適用範囲から外れ、被扶養者は扶養控除が受けられなくなる。被扶養者は自身の収入で103万円を超えた分に対して所得税を支払わなければならない。

 そのため、働き手が労働時間を抑えることになってしまう問題が起きている。

インフレなどで「自動増税」
税収は14~16年度の3割増

 ここ数年、物価高を背景として所得が増えているにもかかわらず、控除がそれに応じて増えていないので、所得の伸びを上回るペースで税負担が増している。

 これは、次のように考えると分かる。いま、課税所得をY、控除(基礎控除、給与所得控除などを含む全ての控除の合計額)をD、税率をtとしよう。すると、税額TはT=t(Y-D)となる。したがって、税負担率T/Yはt-tD/Yだ。Dの伸びがYの伸びより小さければD/Yは減少し、税負担率が上昇する。つまり、所得増による自動増税が生じることになる。

 これを避けるためには、Dの控除をYの課税所得に比例して増加させる必要がある。

 こうした調整は、高度成長期には実際に行なわれていた。しかしその後、所得の増加が鈍化したため、この調整は1995年を最後として、それ以降は行なわれていない。

 先に述べた諸控除のうち、給与所得控除は給与収入に応じてほぼ定率で計算されるので、インフレへの調整は自動的に行なわれると考えてよい。

 また、配偶者控除と配偶者特別控除については17年度に改正が行われた。しかし、基礎控除については手が付けられていなかった。この数年間、賃金の伸びが高まっているので、調整が必要だ。

 実際、そうした「自動増税」は、現実に生じていると考えられる。

 財務省の資料(「税収に関する資料、一般会計税収の推移」)によれば、一般会計税収額の推移は次の通りだ(2023年度までは決算額)。

 14~16年度は54.0~55.5兆円の範囲だった。そして17~20年度は58.4~60.8兆円の範囲だった。ところが、21年度は71.1兆円、22年度は72.1兆円と税収は70兆円を超えた。14~16年度に比べると、3割程度増えている(なお24年度の予算額は69.6兆円)。

 税収の伸びが順調であることから財政規律が弛緩(しかん)し、さまざまなバラマキ施策が行なわれたことは否定できない。

 岸田前政権はこれを調整するため、24年度に所得税減税を行なうことを23年10月に決定した。

 ただし、実際に行なわれた定額減税は納税者や配偶者を含めた扶養親族に1人につき一律4万円を減税するという、あまりに粗雑な考えに基づくものといわざるをえない。このような場当たり的な対処でなく、所得税を物価や賃金の上昇に合わせて調整することが必要だ。