研究者一人ひとりが持つさまざまな考え方の融合が起こりにくいという課題の解消に向けて、誕生した中外製薬の「中外ライフサイエンスパーク(LSP)横浜」。富士御殿場研究所と鎌倉研究所の2拠点に分かれていた研究所を横浜市戸塚区に集約した。
23年4月稼働の半年前、22年10月に開いた報道関係者向け見学会では、飯倉仁研究本部長(当時)が研究員同士の交流に力を注ぐため、対面重視の方針を示していた。稼働からおよそ1年半が経過したが、実際、研究員同士の交流は活発になったのだろうか。
「知らない人が増えた」
「意見交換をフェイストゥフェイスでできるのでプラスになっている一方で、『知らない人がすごく増えた』という声も聞こえてくる」
現状をこう説明したのは、取材に応じた井川智之研究本部長だ。大きな研究所をつくると「製品が出てこなくなる」というジンクスがあるという。「業界あるある」だそうだ。それは、規模が大きくなることで知らない人が増え、逆に研究者同士のコミュニケーションが希薄になってしまうことが要因のひとつとみている。
そして井川本部長はこう危機感を顕にする。
「モノが生まれなくなる、ということにならないようにしなければならない」
中外LSP横浜に足を踏み入れると、各研究棟や居室棟を繋げる「スパイン」と呼ばれる300メートルの長さをもつ廊下がメインストリートとして君臨している。「背骨」の意味をもつスパインは、研究者らが移動のためだけ使うのではなく、さまざまな分野の研究員やスタッフが出会い、コミュニケーションを通じて新たなイノベーションを生み出す機会を創出するという想いを込めて名付けられたものだ。
「何もしないと単なる通路にしかならない」(井川本部長)。現状でも、研究者やスタッフの交流会、イベントなどは開いているが、専門性の異なる研究員が出会って議論する仕掛けつくりをいま以上につくらないといけないと指摘する。