2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。
全体UXの後半
次に、「UXエンゲージメントマップ」の全体UXの10.~12.について見ていこう(下図10.~12.)。
10. ユーザーに安心・安全を与える
UX全体を通して、「10.ユーザーに安心・安全を与える」プロダクトになっているかを考えることも大切だ。たとえば、UGC(User Generated Contents:ユーザー生成コンテンツ)のサービスを運営していて、プレビュー画面もなしに書いた文章がいきなり公開されてしまうようなサイトだったら使いたいと思わないだろう(これは前述の安心・安全を毀損する負担につながる)。
たとえば、Facebookが世界中で流行ったのも、自分の書いた投稿が「自分」「特定の友達」「友達」「公開」と設定できることによる「安心感」を提供できたことが大きい。
起業参謀の問い
・ユーザーに対して安心・安全を提供する仕組みを提供できているか?
11. パーソナライゼーション
ユーザーがプロダクトやサービスを使い始めてからのUXで非常に重要なのが「11.パーソナライゼーション」だ。あなたが普段使っているアプリやサービスも、パーソナルにされたものが多いのではないだろうか。Twitter(現X)のタイムラインでは、自分がフォローしている人や自分がコメントした人が優先的に表示されるようになっている。
Google、Facebook、Instagramなどの影響も大きいが、今は、そのサービスを使えば使うほど、行動履歴やセグメントなどをもとに、機能をユーザーにどんどん寄せてくれる。これがパーソナライゼーションだ。「あなたは、こういうものが好きですよね」という予測型のハイパーパーソナライゼーションも活発になっており、同じスターバックスのアプリの画面でも、人によって表示される画面が全然違うといったことが起こりうる。
さらに、これからはユーザーの属性をターゲティングしたパーソナライゼーションではなく、行動をベースにしたパーソナライゼーション価値が高まっていく。たとえば、Amazonはユーザーの購買履歴に基づいて、レコメンデーション(おすすめ)を提示して、そこから多くの購買に至っている。
このパーソナライゼーションは、SNSのようなBtoC向けのプロダクトだけではなく、BtoBにおいても重要な要素である。ユーザーがお気に入りリストで出す機能やアイテム、メニューをパーソナルにすることによって、エンゲージメントを高めていくことができる。
起業参謀の問い
・ユーザーの属性や行動をベースにしたパーソナライズ機能やレコメンデーション機能を実装しているか?
12. なりたい自分になる
最後の「12.なりたい自分になる」も非常に重要な要素だ。
『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)の中で山口周氏は、機能的な商品を「役に立つ商品」という言い方をしている。世の中で売れているものは「役に立つ」か「意味がある」かどちらかが必ずあり、機能性に優れて価格も手ごろな「役に立つ」商品の価値は、なくなりはじめていると述べている。私も同感だ。ユーザーはいちいち言葉にしないが、「このプロダクトやサービスを使うことは、理想の自分に近づいているかどうか」を意識しているものだ。
「なりたい自分」を因数分解すると、「精神面」「社会面」「肉体面」「知性面」に分けられる。たとえば、「精神面」でいえば「Apple製品を身につけることで、スタイリッシュでイノベーティブな人間に近づける」という「なりたい自分」に近づける感覚を持てることが挙げられる。
「なりたい自分になる」設計を組み込むには、この4つの要素を意識してプロダクトにしていくことが重要である。
起業参謀の問い
・このプロダクトを使うこと(継続すること)によってユーザーの「こういう人になりたい」という自己実現欲求は満たされるか?
以上の通り、UXエンゲージメントマップについて解説してきた。これらの要素を一つひとつ掛け合わせていくことによって、どんどんユーザーがハマっていき、プロダクトが自動的に使われるようになっていく。
そうなれば、継続することに対する外部トリガー(理由)は必要がなくなっていく。最終的には、ユーザーが行動変容して、習慣にまで組み込まれるためのフレームワークとして、このUXエンゲージメントマップを活用いただきたい。
起業参謀の問い
・利用中だけでなく利用前、利用後、利用全体のUXを高めることを検証できているか?
・UXの改善を考慮してから機能追加を考えているか?
(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。