2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。
利用前から利用後まで
全体UXの視点
次は、「UXエンゲージメントマップ」の全体UXについて見ていこう。まず、下図の7.~9.について説明する。
7. ユーザーが熟達していく
良いUXを提供する上で欠かせないのが、この「7.ユーザーが熟達していく」である。
ユーザーは、プロダクトに馴染んでいき熟達していくと、プロダクトに対するエンゲージメント(関係性)がどんどん高まっていく。
下図にあるように人間にとって欲求の一番高い位置にあるのは「自己尊厳欲求」「自己実現欲求」であるが、この心理を応用して顧客の成長欲求を満たしてあげるよう工夫することで、「なりたい自分」にどんどん近づけるようなUXを設計すると効果的だ。プロダクトを通じて成熟や成長を感じられると、ユーザーはやめにくくなる。
たとえば、InstagramやTikTokなどは、使えば使うほど、投稿がうまくなっていったり、フォロワーが増えていったりする。昨日より今日の自分、さらに明日の自分がどんどん成長し、熟達していくことに対して、インセンティブが働くようになる。ユーザーの熟達を促すという要素が、今後のプロダクトでは一層重要になってくる。
たとえば、熟達することで資格がもらえたり、ユーザーの中でハイレベルユーザーとして認知されることにより、エンゲージメントを高めていくことができる。
クックパッドは、レシピ投稿をするほどレシピの編集技術が上がりレビュワーとして認められる。メルカリもそうだ。メルカリに出品する人は、売れれば売れるほど熟達し、売れる単価が上がることがある。Progate(プロゲート)という初心者向けプログラミング学習サイトも学び続けるほど、自分のレベルがどんどん上がっていく。
こうした熟達を実感する仕組みは、プロダクト内で設けることもできるし、表彰したり資格を付与したりといったプロダクト外でも設計できる。ユーザーに自身の成長を可視化できるような仕組みを設けることは、非常に重要な工夫である。
私はこれを“RPG思考”と呼んでいるが、ロールプレイングゲームのようにやればやるほどレベルが上がっていく。そんな状態になれるUXかどうか考えたい。
ただ1つ留意点がある。最初からプロダクトを使うハードルが高すぎると、ユーザーが途中で離脱してしまう可能性が高くなる。ロールプレイングゲームでも最初は弱い敵キャラを倒させることで、徐々にユーザーがゲームに馴染んでいくことを演出しているケースが多い。
起業参謀の問い
・プロダクトを継続的に使うことで、ユーザーは熟達しエンゲージメントが高まるか?
・最初のハードルを低く設定してユーザーがプロダクトに馴染めるようにしているか?
8. ユーザーにリソースを投資させる
「8.ユーザーにリソースを投資させる」。これは、ユーザーに関連情報を入力させたり、コンテンツを投稿してもらう、フォローさせることなどを意味する。これにより、企業と顧客のつながりが強固になりエンゲージメントが高まることにつながる。
Spotifyは非常に人気のあるミュージック再生アプリである。その中でも特に人気がある機能が「マイライブラリ」だ。つまり、ユーザーは自分が気に入った音楽を「お気に入り」に登録する。自らの好みを時間をかけて「投資」する。ユーザーは「自分が自ら投資したこと」によってより大きな価値を感じ、プロダクトに対するエンゲージメントが高まるのだ。
起業参謀の問い
・ユーザーにリソースを投資させ、それがユーザーにとって価値を感じるものになる仕組みがあるか?
9. ユーザーの行動に対して報酬を与える
「9.ユーザーの行動に対して報酬を与える」は、8.の投資の結果、たとえば自分が撮った写真が面白いコンテンツになる「満足感」や、フィルター加工で期待以上の写真ができた「喜び」という報酬を受け取ることだ。
SNSで情報が瞬時に拡散されるソーシャル時代は、人に教えたくなる体験をして承認欲求が満たされることが報酬になることがある。これは人とつながる関係性価値とも言われる。UXを設計するときは、インスタ映えするまでがプロダクトのすべてと考える。上海のスターバックスなどはそれを意識しつつ、実際に店舗に訪れたいと思わせるような設計になっている。
報酬の種類は、今述べた「ソーシャルの報酬」の他、リソースを自主的に探してもらう「ハントの報酬」や、ハラハラするような未確定要素を提供する「予測不能な報酬」がある(下図)。
人間は完全な予定調和では飽きてしまい、完全にランダムだと疲れてしまうという特性を持っている。ハラハラするような未確定要素をある程度、織り込んでいくことが重要である。
メルカリはこの「ハントの報酬」や「予測不能な報酬」を設計していることが、プロダクトの魅力につながっている。安い値段からソートできると刺激が少なく、スクロールしていきハンターのように商品や中古品を見つける感覚が面白い。メディアを読むような感覚でプロダクトを使うことができるのだ(これは「エンターテインメント報酬」ともいえる)。
「ばえる」という言葉が登場している通り、2020年代はエンタメの時代ではないかと考えている。自動運転も進行していくと、車内空間において、どのような可処分時間を使うのかということが大事になってくる。そこで「モビリティ×エンターテインメント」でモビリティテインメントや、「リテイル×エンターテインメント」でリテイルテイメントという発想が重要になる。こうした「エンターテインメント報酬」を与えていくことも大事な視点となる。
起業参謀の問い
・ユーザーに対して適切な報酬を設定できているか?
・ハントの報酬や予測不能な報酬のように、人間の認知の癖を使った報酬設計ができているか?
プロダクトにエンターテインメント要素を付加することができているか?
(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。