捕鯨が続くのであれば、この仕事を続けたかった。
それは阿部の、いや南極海にクジラを追った男たちの偽りのない希望だったに違いない。
最後の商業捕鯨を終えた阿部は、日本共同捕鯨の船員たちとともに日本近海の漁業などを監視する船に乗っていた。
1987年10月、航海を終えた船員たちに書類が配られた。新たに発足した共同船舶という新会社に転籍し、捕鯨を続けるか意思を問うたのである。
阿部は調査初年度の船には乗らず、内地で海技士試験を受ける予定だった。次の航海に参加しない。だから自分には書類がわたされないのかと思い込んでいた。そのうち実家に郵送されてくるのだろう、と。
捕鯨船を降りるつもりはなかったが、陸にいる間に将来について考えたかったのである。
これからも捕鯨は続くんだから
バカなことは考えるな
下船時、阿部はキャプテンに挨拶をした。
「お世話になりました。あとのことは家に帰ってから考え……」
阿部が言い終わらぬうち、キャプテンは言葉をかぶせてきた。
「お前の(書類)は出しといたぞ。会社に残るんだろ。これからも捕鯨は続くんだから、バカなことは考えるな。いま辞めてもなんにもなんないんだからな」
35年前を振り返った阿部は、「その一言でぼくの人生は決まったんです」と苦笑いした。