三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第142回は、高校時代に経験した「ほろ苦い思い出」を振り返る。
「焼き肉にありつける」ウキウキ気分が一変
投資部主将の神代圭介は「企業経営者の頭痛のタネは代金の回収だ」と喝破し、代金前払い型ビジネスの優位を説く。保険はその先駆的モデルだと指摘し、今後は「後払いから前払いへの転換」が成功のカギになるとサブスク時代の到来を予言する(※この漫画が描かれたのは2016年)。
「経営者の悩みは集金」という洞察は多くのサラリーマンにはピンと来ないかもしれない。零細自営業の家庭で育った私にはその苦悩が痛いほど分かる。40年近く前の忘れがたい経験をシェアしたい。
亡くなった父は看板屋を営んでいた。個人経営の飲食店の看板や内外装、修繕などが中心で、両親と3人の息子、日雇いのヘルプの職人さんで日々の仕事をこなす超零細企業だった。
私が高校生だったあるとき、焼き肉屋の看板の仕事を請け負った。私も土日に何度か現場に入った。お店は無事、予定通りのスケジュールでオープンにこぎつけた。
開店当日、父母と私の3人で焼き肉屋に行った。お祝いがてら少しお金を落とし、こちらもいくらか集金させてもらうというよくあるパターンのはずだった。食べ盛りの高校生だった私は、焼き肉にありつけるとウキウキしていたのだが、とんでもない展開が待っていた。
お祝いの花輪が並ぶ混みあった入り口から、先に父が店内に入った。私と母は挨拶が終わった頃に入店しようとトラックの中で待っていたのだが、何か様子がおかしい。数人のオヤジどもが店内で何やらもめているのだ。
しばらくして父が店から出てきて、不機嫌そうに「帰るぞ」とだけ言ってエンジンをかけた。
「そんな屁理屈、通るわけないだろ」
何が起きたのか。しばらくトラックを走らせてから、父は、店にいたのは仕事を発注したのとは全く別人だったと語った。新オーナーは、自分は昨日この店を買ったばかりだ、内外装や看板の工事のことは一切知らない、代金は前のオーナーに請求しろ、の一点張りだったという。
「そんな屁理屈、通るわけないだろ」と憤る私に父は「初めからグル。元の施主は今頃『本国』に逃げとるわ!」と鼻で笑った。数十万円の代金回収で訴訟を起こしても割に合わない。
「ウチ以外も全員泣き寝入りだわ」と言い切ると、「次の現場で吹っ掛けて取り戻しゃええ」と笑った。私以上にはらわたが煮えくり返っていただろうに、この切り替えの早さ。似たような目に何度もあってきたから、だろう。年季が違うな、と恐れ入った。
お断りしておくと、私は在日コリアンおよび隣国に対して偏見や悪意があるわけではない。日本人でも、納入後にとんでもない値切りを強要したり、「気に入らない」とケチをつけて代金を支払わなかったりといったケースはざらにあった。
契約もない中小零細の「現場」とはそんなものだった。ご興味があれば「『地獄の現場』で父から学んだこと」という私のnoteをご一読いただきたい。多種多様な「地獄」を垣間見ていただけるかと思う。
今やサブスク=代金前払いが全盛の時代。私自身も最近、noteでメンバーシップ(サブスク)を始めた。幸い、若き日の苦い経験のおかげで、運営側にとって極めてありがたい「お代は先に」を当たり前と思う感覚はない。ありがたみを噛みしめながら、お代に見合ったコンテンツを提供していきたいと思っている。