音楽事務所に入所目前も
芸能界への挑戦を一旦断念

 優勝者は、大将よりいくつか年下の名古屋の女の子でした。ダンスが上手で、なかなか才能がありそうな子でした。この時、大将は残念ながらトップ10に入ることは叶いませんでした。

 それでもキーボードの弾き語りが印象的だったのか、現場の関係者から声がかかり、ある音楽事務所から、そこに入りませんかと誘われたのです。

 私の意思でそれは断りました。大将は俳優志望でしたから、とりあえずどこかに入れるというのは得策とは思えませんでした。それに、中学3年生になってから歌や楽器のレッスンもあり成績が落ちたため、そろそろ受験生モードに切りかえて勉強させないと間に合わないと思っていたからです。

 息子が入賞を逃して、残念な気落ちは多分にありました。しかし私は、父親として真面目に大将と話し合う必要性を感じていました。

 オーディションを受け始めた時は、調子よく勝ち進んでいたので、大将はすっかりその気になってしまったようです。その影響で、勉強がおろそかになっていました。落選してからも、その遅れがなかなか取り戻せずにいたのを、私はとても心配していました。

 そこで、大将とじっくり膝を交えて話しました。

「芸能界への挑戦は、ひとまずここでストップして、まず高校受験に励んだらどうか。俳優になるには、18歳から活動しても遅くはないはずだ。18歳になったら大学進学で上京して、俳優活動をしたらいいじゃないか。早稲田大学を目指したらどうだ」

 大将は、少し考えて「わかった」と、素直に答えました。

 将来の選択肢を増やしておくため……。大将は弟に言ったように、その意味がよくわかっていました。論理的に話せば理解できる子なのです。自分でも、成績が落ちてしまったのが気になっていたのだろうと思います。

 そこから大将は、またしっかり学業に取り組んだおかげで成績も元の状態まで回復し、進学校に合格しました。