ブチハイエナのメスが「たった2分」で見せた衝撃の行動写真はイメージです Photo:PIXTA

性別が逆転する生き物たちが、科学の世界で注目を集めている。ハイエナのメスがオスよりも大胆に行動し、モグラのメスが精巣を持つなど、私たちの常識を超えた進化が明らかになった。こうした生物の柔軟な変化は、環境に適応する力の一例だ。生き物たちの性別の枠を超えた生態系の可能性とは――。※本稿は、黒岩麻里『「Y」の悲劇 男たちが直面するY染色体消滅の真実』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

「オスらしい」メス
「メスらしい」オス

 3年に1度、ハワイのコナ島で、性決定研究に関する国際学会が開催されます。なぜこの地で開かれるのかといいますと、もともとこの学会が始まった初期の頃は、性決定の研究者がアメリカやオーストラリアに多く、ちょうど両者の中間に位置するハワイはアクセスが良いという理由からです。また、コナ島はホノルルなどのハワイの中心部よりも安価で宿泊できたため、大学院生も助かるということでした。

 日本からのアクセスも良いため、後に日本人の研究者も多く参加するようになりました。会場となっているホテルに泊まり込んで、世界の性決定研究の最新成果を学ぶ時間はとても贅沢なものです。

 ある年のことです。その国際学会の研究発表で、ブチハイエナの行動実験の動画が紹介されました。映し出された小さな小屋の中央には、藁などが入った麻袋が積み上がっています。

 このあと、ブチハイエナ達が初めてその小屋に入ることになるのですが、最初に入ってきたのは数頭のオスでした。小屋に入る際にも恐る恐るとした足取りで、オスたちは慎重にゆっくりと小屋の中を移動し、クンクンと何度も何度も麻袋の匂いを嗅ぎ、危険がないか警戒して確かめている様子でした。オスたちはずっと確認を続け、動画中では小屋を出ることはありませんでした。

ブチハイエナのメスは
オスよりも大胆で攻撃的

 次に、メス数頭の動画が始まりました。小屋に入って来る様子から、オスとは全く異なりました。勢いよく小屋に飛び込んできたメスたちは、あっという間に麻袋を噛んで引きずり倒し、小屋中を走り回り、麻袋をやっつけたらすぐさま出て行きました。

 動画の終了時に、講演者が「Two minutes(2分)」と一言添えると、会場は爆笑となりました。オスたちがあれだけ慎重に行動していたのに対し、メスは小屋に入るやいなや、たったの2分で麻袋をボロボロにして出て行ってしまったのです。

 ブチハイエナは主にアフリカ大陸に生息し、高度な社会性をもつことが知られています。ハイエナの中では最も大型なのですが、メスの方がオスよりも体が大きく、群の中でもメスの方が優位にあります。また、動画の様子からもおわかりいただけるように、メスの方がオスよりも攻撃的で、いわゆるオスとメスの特徴が逆転しているのです。

 しかも、なんとブチハイエナのメスは、ペニス(陰茎)をもちます。一般的に、哺乳類ではオスがペニスをもつのに対して、メスはクリトリス(陰核)をもちます。両者は、発生学的には同じ器官ですが、オスの場合は男性ホルモンの作用により、構造的に大きく肥大します。ブチハイエナのメスのペニスは、クリトリスが肥大化したものですが、ペニスと同様に勃起もします。