分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語るロングセラー『若い読者に贈る美しい生物学講義』。養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel)「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け! 相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ。」、長谷川眞理子氏「高校までの生物の授業がつまらなかった大人たちも、今、つまらないと思っている生徒たちも、本書を読めば生命の美しさに感動し、もっと知りたいと思うと、私は確信する。」(朝日新聞書評)と各氏から評価されている。今回は書き下ろし原稿を特別にお届けする。
最古の脊椎動物
私たちは脊椎動物の1種である。
脊椎動物は、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類という5つのグループから構成され、そのおもな特徴は、名前からわかる通り、脊椎を持つことだ。
これらの脊椎動物は、どのような生物から進化してきたのだろうか。最古の脊椎動物として有力な化石は、中国の雲南省の地層から発見されたハイコウイクチスである。
これは、おそらく魚類の1種で、カンブリア紀のステージ3という時代(約5億2100万年前~5億1400万年前)に生きていた。
ところが、このハイコウイクチスには脊椎がないのである。脊椎がないのに、どうして最古の脊椎動物と考えられているのだろうか。
じつは、脊椎動物の定義としてよく使われるものは、「ヒトとヤツメウナギの共通祖先から派生した子孫」である。
ヤツメウナギは原始的
少しややこしいが、図をみればわかりやすいだろう。
つまり、脊椎動物は、形態ではなく系統で定義されているわけだ【図:脊椎動物の系統樹】。
ヤツメウナギというのは日本にも棲んでいる顎のない魚である。顎がないので、口は丸い吸盤のような形をしている。大昔に生きていた初期の魚には顎がなかったと考えられているので、ヤツメウナギは初期の魚の特徴を残している原始的な魚ということになる。
そのため、ヤツメウナギとヒトの共通祖先は、すべての現生の脊椎動物の共通祖先ということになり、「ヒトとヤツメウナギの共通祖先から派生した子孫」という定義で、現在生きているすべての脊椎動物、つまり魚類と両生類と爬虫類と鳥類と哺乳類をカバーできるのである。
顎がない魚
それでは、最古の脊椎動物であるハイコウイクチスは、系統樹のどこに位置するのだろうか。
ハイコウイクチスは、長さが3センチメートルほどの魚で、ヤツメウナギのように顎がない。脊索という有機物でできた棒のような構造が体の中を前後に貫いているが、骨でできた脊椎はない。
しかし、ハイコウイクチスには脊椎動物に特有の構造がいくつもある。たとえば、頭部があって、一対の眼があって、体の側面にある筋節がWの形をしているのである。
脊椎動物は脊索動物というさらに大きなグループに含まれる。私たちに脊索はないけれど、受精卵から発生していく途中で一時的に脊索が作られるので、私たちも脊索動物なのである。
脊椎動物でない脊索動物には、ナメクジウオやホヤなどがいるが、これらには頭部がなく、一対になった感覚器官もない(一対になっていない感覚器官はある)。
そのため、頭部があって一対の眼があるハイコウイクチスは、たとえ脊椎がなくても脊椎動物と解釈されているのである。
ただし、脊椎はないものの、脊索に巻き付いた構造はあるので、それが将来脊椎になっていくのかもしれない。
ちなみに、現生のヤツメウナギにもはっきりした脊椎はない。しかし、ヤツメウナギの場合は、かつては脊椎があったのだが、現在では退化した可能性が考えられている。
というわけで、ハイコウイクチスは脊椎動物と考えられているが、現生の脊椎動物とは少し違う。
そのため、ヒトとヤツメウナギの共通祖先よりも早い時期に、他の脊椎動物の系統から分岐した可能性が高い【図:脊椎動物の系統樹】。
こういう生物は、一応脊椎動物に分類されるけれど、現在生きている脊椎動物というグループの外側に来るので、脊椎動物の特徴をかならずしもすべて持っているわけではない。
したがって、最古の脊椎動物が脊椎を持っていなくても、別におかしくはないのである。
(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の著者更科功氏による書き下ろし連載です。※隔月掲載予定)
更科 功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授、東京大学大学院非常勤講師。『化石の分子生物学』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『進化論はいかに進化したか』(ともに新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史』(NHK出版新書)、共訳書に『進化の教科書・第1~3巻』(講談社ブルーバックス)、6万部突破のロングセラー『
若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。
くつろいで受けられる生物学講義――著者より
ある農家に怠け者の男がいた。男は働くのが面倒でたまらないので、自分の代わりに田畑で働いてくれるロボットを作った。
ところが、ひと月経つと、ロボットは壊れてしまった。仕方なく、男はまたロボットを作った。ところが、そのロボットも、ひと月経つと壊れてしまった。
そこで男は、新型のロボットを作った。新型のロボットは、田畑で働くだけでなく、ひと月経つと新しいロボットを作って、それから壊れた。だから、男は、一日中家で寝ていられた。
そんな折、男は作られるロボットが、少しずつ違うことに気がついた。
たとえば、性能が1のロボットが作ったロボットの性能は、1.1になることも0.9になることもあった。しかしロボットの性能が、急激に変化することはなかった。
そのうちに、たまたまロボットを2体作るロボットができてしまった。ところが、男の家には、ロボットを動かす燃料は1体分しかない。
ロボットは、毎日農作業が終わって家に戻ると、燃料タンクから自分で燃料を入れることになっていた。そのため、農作業が早く終わったロボットが、先に家に戻って燃料を入れてしまう。すると、もう1体のロボットは燃料を入れることができない。そのため、燃料切れになったロボットは、家の隅に転がったままになった。
そんなことが繰り返されていくうちに、ロボットの農作業はものすごく速くなった。生き残るのは、いつも性能が高いロボットだけだからだ。仮に、毎月性能が1.1倍になったとすれば、4年で、ほぼ100倍になる。ロボットは、急速に変化していき、もはや怠け者の男にはコントロールできないものになってしまった。
ついにロボットは、自分で燃料を採掘するようになり、とうとう地球を支配するにいたった。もはや人間の姿は、どこにも見当たらなかった。
以上の話は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の中に書いた話(の一部)である。ロボットが2体ずつ作られて、そのうちの1体だけが生き残るなら、そのときの状況に適応している方が生き残ることになる。これは自然選択と呼ばれる現象で、ダーウィンが進化のメカニズムとして見つけたものだ。
この話では、自然選択が働き始めたときに、ロボットの急速な変化が始まった。それは、もう元には戻れないような、根本的な変化であった。この瞬間にロボットは生物になったのだと、私は思う。
これまでは、生物とはどういうものかを考えるときに、物質的な側面から考えることが多かった。たとえば、地球の生物の体のなかでは、いつも物質やエネルギーが流れている。この流れを代謝というが、これを生物の定義の一つとすることが多い。
しかし、宇宙にはどんな生物がいるかわからない。たとえば、ロボットの体の中には、いつも物質やエネルギーが流れているわけではない。スイッチを切って寝ていれば、物質もエネルギーも流れない。それでも、宇宙のどこかに、さっきの話のようなロボットがいたら、それは生物と言ってもよいかもしれない。地球の常識から言えば、金属でできたロボットは生物ではないけれど、それは宇宙の常識とは違うのではないだろうか。
もしも、宇宙全体で生物を定義できるものがあるかどうかわからないが、もしあるとすれば、それは「自然選択」だろう。どんな形をしていようが、どんな物質でできていようが、どんな振る舞いをしようが、とにかく自然選択によって作られたものが生物なのではないだろうか。生物は自然選択によって、周囲の環境に適するようになったものだ。つまり、その環境の中で、なかなか消滅しないようになったものだ。つまり、生き続けるようになったものなのだ。
だから、本来生物は、生きるために生きているのであって、生きる以上の目的はないのだろう。生きるために大切なことはあっても、生きるよりも大切なことはないのだろう。まあ、生きていれば、それだけで立派なものなのだ。
『若い読者に贈る美しい生物学講義』では、従来の生物の見方に収まらない話も盛り込んでみた。
内容を簡単に紹介すると、まず生物とは何かについて考える。その中で、科学とは何かについても考えていく。生物学も科学なので、その限界を理解しておくことが大切だからだ。それから実際の生物、たとえば動物や植物などの話をしてから、生物に共通する性質、たとえば進化や多様性について述べる。最後に身近な話題、たとえばがんやお酒を飲むとどうなるかについて話をする。「講義」という言葉が入っているが、くつろいで受けられる講義にしたつもりである。
楽しんでもらえると、よいのだけれど。
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きっと、どんなことにも美しさはある。そして美しさを見つけられれば、そのことに興味を持つようになり、その人が見る世界は前より美しくなるはずだ。きっと生物学だって、(もちろん他の分野だって)美しい学問だ。そして、この本は生物学の本だ。もしも、この本を読んでいるあいだだけでも(できれば読んだあとも)、生物学を美しいと思い、生物学に興味を持ち、そしてあなたの人生がほんの少しでも豊かになれば、それに勝る喜びはない。(本書の「おわりに」より)