なぜこの8種のモグラではこのようなメスが生まれてくるのでしょうか?

 モグラの中でも、特にイベリアモグラを使った研究が知られています。ドイツのマックス・プランク分子遺伝学研究所の研究者をはじめとする研究グループは、イベリアモグラのゲノム情報を解読し、主に2つの遺伝子の構造に変化が起きたことを明らかにしました。

 そのうちのひとつは、男性ホルモンの合成に働く酵素をつくる遺伝子でした。この遺伝子は、ヒトを含む多くの哺乳類では染色体上に1つのみ存在するのですが、イベリアモグラでは3つに増えていることがわかりました。

 しかし、重要なのは数が増えたこと自体ではなく、3つに増える過程で、遺伝子の発現を増加させる働きをもつ配列に変化が生じて、多くの酵素をつくるようになった、ということです。すなわち、このことから効率的に多量の男性ホルモンを合成できるようになったことがわかりました。

 さらに、研究グループは、メスの卵精巣の組織切片をつくり、顕微鏡で観察したところ、卵精巣の卵巣部分では卵子をつくっていますが、精巣部分には生殖細胞は存在せず、精子はつくっていないことをつきとめたのです。

 また、血液中の男性ホルモン量を測定したところ、イベリアモグラのメスの男性ホルモン分泌量はオスとほぼ変わらない値でした。つまり、メスの精巣部分は生殖のためではなく、男性ホルモンを多量に分泌するために存在しているのです。

生殖よりも個体の生存のために
男性ホルモンが必要だった?

 イベリアモグラでは、なぜこのような進化が起きたのでしょうか?

 その理由のひとつとして考えられているのが、モグラは地中生活を送るため、多くの土を掘り進める筋肉が必要だからではないか、というものです。男性ホルモンは筋肉を増加させる働きがあります。モグラにとって筋肉は、オスだけではなくメスも必要なため、卵巣の一部を精巣化させて、オスと同じレベルの男性ホルモンを分泌させているのではないか、と考えられています。

 この研究の論文を読んだ時、以前に、ある女性研究者の方から聞いたエピソードを思い出しました。その方は海洋生態系の研究をされていて、海外の研究者と船に乗り、海洋でのフィールド調査を行っています。船の上では力仕事が多いものです。とても重いものを運ぶときに日本では「男手が必要だ」ということがしばしばありますが、海外の研究者仲間は「Need muscle!!(筋肉が必要だ!!)」と表現するそうです。

「オスだから」「メスだから」ではなく、「必要だから」多様に進化する、これが基本的な性の在り方のように思います。