二刀流挑戦、国民栄誉賞受賞、相次ぐ2000本安打達成など話題の多いプロ野球界。開幕前のWBCでの3連覇はなりませんでしたが、今年のペナントレースも盛り上がりを見せています。そのWBCでも監督待望論のあった落合博満氏が中日ドラゴンズの監督退任のタイミングで刊行された『采配』は、話題性だけでなく、いわゆる野球本にとどまらない示唆に富んだ内容で40万部を超えるベストセラーとなりました。実は、落合氏が2004年に監督に就任する以前に、指導者(上司)がいかに選手(部下)に向き合うべきかを著した名著があります――。
教えることではなく見ていること
監督就任以前から持っていた指導の信念
2006年10月10日、落合博満監督率いる中日ドラゴンズは2度目のセ・リーグ優勝を決めました。東京ドームのお立ち台に上がった監督は、インタビューの最中、こらえ切れずに泣き出してしまいました。「やはり落合も人の子だったか」。そう感じたのは筆者だけではないでしょう。
2001年8月刊行。1998年に現役引退していた落合氏は、発売された当時解説者を務められていました。名将として揺るぎない評価を得るのは2004年に中日ドラゴンズの監督に就任して以降のこと。
執筆時点ですでに持たれていた確固たる信念がその後の結果を導いたと考えると、本書の言葉ひとつひとつがよりいっそう輝きを増して見えます。
なにしろメディアに登場する落合監督は常に無表情で、喜怒哀楽は表に出さず、じっとベンチに座って腕を組み、試合後のコメントは、あったとしてもきわめて短く、しかもぶっきら棒でした。
この監督は選手たちの目にどのように映っているのだろう。選手と監督のコミュニケーションは成り立っているのだろうか……。他人事ながら心配になり、熱烈な落合ファンでもないのに彼の言動が気になって仕方がありませんでした。
多弁でオーバーアクション気味に振る舞う長嶋茂雄氏や、毒舌と諧謔を弄しながら“ID野球”の指揮を取った野村克也氏などとはキャラはまったく異なりますが、しかし落合氏も人を強く惹きつける独特の「何か」を持っています。その「何か」は『コーチング 言葉と信念の魔術』を読み進んでいくうちに、少しずつ見えてくるように思えます。
私には、コーチという仕事は教えるものではなく、見ているだけでいいという持論がある。……ボールの打ち方ひとつをとっても、すべてその選手の感性次第だ。そうした部分には、指導者も入り込めない。
それでも、そこを度外視して「お前のやり方は間違っている。こうしなければならないのだ」と断定的な言い方をすれば、選手に混乱を与えてしまうだけだ。それでつぶれていったのは、プロの門を叩いた選手の90%以上になるはずだ。そうしたことを踏まえると、コーチの仕事は“教えることではなく見ていること”であると考えられる。(18~19ページ)
すなわち落合氏は、教える側は教えることに、教えられる側は教えられることに慣れ過ぎてしまっていると感じているのです。こうした傾向が続くと、教える側は画一的な方法論しか持てなくなるし、一方の教えられる側は自ら学ぼうとする姿勢を持ち得なくなる、と。