観察の上でかける言葉の重要性
企業社会に通じるコミュニケーション術

 コーチを上司に、選手を部下に置き換えて読めば、企業社会にも通じるものがあります。上司と部下の関係も決して一方通行になってはいけないし、まずは部下を十分に観察してやることが大切なのです。

 では、部下を十分に観察したあとはどうするか。落合氏が重視しているのは、監督(上司)による選手(部下)への言葉のかけ方です。この4月に入社した新入社員の研修がそろそろ終わり、配属先が決まるこの時期はとくに最善の注意が必要です。

 まず、1年目の選手には「否定」のフレーズを使ってはいけない。
  ……1年間だけは自主性に任せ、選手のほうからアドバイスを求めてきた時に、その選手の力を評価しながら指導してやる。大切なのは褒めることだ。とにかく、いいところを見つけて褒めてやる。「ここがいけない」というのではなく、「ここが素晴らしいね。それなら、ここも同じようにしてみたらどうだ」というような言い方がいいだろう。(25~26ページ)

『コーチング』のカバーソデ部分に記された、本文見出しからの抜粋。どのような職種・業種にも当てはまる至言です。
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 本書全体を通じて伝わってくるのは、落合氏の選手に対する面倒見の良さであり、部下に対する細やかな神経の使い方です。

 2~3年目になっても結果が出せない選手に対しては「密にコミュニケーションをとって、『俺は、指導者から見放されてはいないんだ』と感じさせることも必要」(26ページ)と指摘し、6~7年と経験を積んでも芽の出てこない中堅クラスの選手に対しては「それこそ崖っ淵に立たされていて、何かにすがりたいとさえ考えている選手には、指導者のノウハウを徹底的に叩き込むしかない」「このままでは先がないのだから、完璧に洗脳してやらなければならない」(26ページ)と断言しています。

 落合氏は選手たちがそれとなく出すサインにいち早く気づき、それを受けとめ、次の手を打つそうです。選手の一切合財をつぶさに観察したうえで吐き出される監督の言葉はとてつもなく重いだけでなく、信頼感に満ちているのでしょう。落合氏が持っている人を惹きつける「何か」とは、親身になって選手を育てようとする熱意や愛情などが相まって醸し出す「カリスマ性」にほかなりません。