経済学への関心の高まりにつられて専門書に挑んでみたけれど挫折した……。そのような経験を持つ方、実は意外に多いのではないでしょうか。そこで今回ご紹介する『この世で一番おもしろいマクロ経済学――みんながもっと豊かになれるかもしれない16講』を事前に読んでおけば、どんな分厚い教科書も難なく読み進めることができるでしょう。

分厚い教科書に
挑む前に読んでおきたい

ヨラム・バウマン、グレディ・クライン著、山形浩生訳『この世で一番おもしろいマクロ経済学』2012年5月刊。前作のミクロ版と左に並べると、装丁のデザインがつながります。

 カートゥーン(漫画)とジョークでマクロ経済学を教えてくれる本書も、ミクロ編(『この世で一番おもしろいミクロ経済学』)と同様、多くの悩める読者を的確に導いてくれます。読者が悩むのは、あまりに長大な教科書が多いからですが、本書を読んだあとならば、どんなに分厚い教科書も楽に読めるようになるでしょう。

 大半のマクロ経済学の教科書は、GDP(国内総生産)の解説から始まります。定評のある教科書をざっと見てみましょう。

『マンキュー入門経済学』(足立英之他訳、東洋経済新報社、2008)のマクロ編の最初は「国民所得の測定」で、GDPの構成要素の解説から始まります。そして、「インフレ」「経済成長」「公共政策」「貯蓄、投資と金融システム」「総需要と総供給」へ進みます。

スティーブン・ウィリアムソンの『ウィリアムソン マクロ経済学1』(釜國男訳、東洋経済新報社、2012)は、イントロダクションの次に「GDPの測定」で始まります。

吉川洋『マクロ経済学』(第3版、岩波書店、2009)も「第1章 国民所得統計」「第2章 GDPの決定」で始まります。

 これは当然のことで、J.M.ケインズによるGDPの恒等式Y=C+I+G+(X-M)の説明から入るのはマクロ経済学入門の定石だからです。ケインズは経済全体の短期的な変動を捉え、政府投資(G)の増加分がどのように波及して民間投資(I)や消費(C)が増加し、国民所得(Y)全体が増えるかを計算し、理論化しました。1930年代のことです。ケインズが考えたのはこれだけではありませんが、重要なポイントです。

 1929年に始まる大不況でケインズが登場するまで、古典派・新古典派経済学は、放っておけば長期的に経済は安定するとしていました。ケインズによる短期的な財政金融政策の理論化によってマクロ経済学、そしてマクロ経済政策が生まれたわけです。したがって「GDPの測定」はマクロ経済学の第1歩となります。

マクロ経済学の目標を
鮮やかに一言でまとめる

 著者ヨラン・バウマンは本書のChapter1「はじめに;マクロ経済学の2大目標ってなに?」にしました。GDPの測定ではありません。

マクロ経済学の大目標は2つ。

 まず、長期的に生活水準を高め、今日の子どもたちがおじいさんたちよりいい暮らしを送れるようにする……

 生活水準向上という目標は、アダム“見えざる手”スミスにまでさかのぼる。ほとんどの経済学者は、古典派の見方が長期的にはかなり筋が通っていると認める。(8ページ)

 好景気と不景気、たとえば1929年からの大恐慌などを理解するのが、マクロ経済学の第2の目標だ。

 古典派の見方は、長期的な成長については多くを説明してくれる。だが、短期的な景気の波や変化は説明できない。(10ページ)

 ここでケインズの有名な言葉が登場します。

イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズは、初のマクロ経済学のジョークを飛ばした。

「長期的には、我々はみな死んでいる」(10ページ)

 だから短期の経済政策が必要なんだ、というわけです。バウマンはマクロ経済学の2大目標をこうまとめます。

経済成長を説明すること……

 ……そして経済崩壊を説明すること。(12-13ページ)

 一言でまとめてしまいました。お見事。

 こうしてChapter2「失業;なぜ『職のない人』をなくせないのか?」、Chapter3「お金/貨幣;金融政策は経済を救う?」へと進んで中央銀行をからかい、いや、説明します。Chapter4「インフレーション;経済成長のための『バランスの取れたインフレ』」では2~3%くらいのインフレが最高だという経済学者の共通認識を解説します。

結局、経済学者たちのインフレ観は、医者のアルコール観と同じだ。

 ちょっとくらいなら、かえっていいかもしれない……

 ……でも飲みすぎは絶対禁物!(58ページ)

 さて、Chapter5でようやく「国内総生産(GDP);経済を測るモノサシ、その使い方」が登場します。すでに59ページです。「2大目標」でさんざん笑わせてくれた後にマクロ経済学の伝統的なお勉強となります。

Chapte7から11までは「国際貿易におけるマクロ経済学」で、自由貿易論から外国為替まで、抱腹絶倒の解説が続きます。

Chapter12から最後の16までは「グローバルなマクロ経済学」です。「貧困」「地球温暖化」「高齢化社会」といったマクロ経済学の最近のテーマについて並べ、経済学の共通した理解に基づく処方箋を教えてくれます。

 最後がChapter16「終わり;で、2大目標はいつ達成できるのか」です。2大目標とは、第1に経済成長を説明して生活水準の向上を図ること、第2に好況と不況を説明して経済崩壊を考えることでしたね。

オチも見事!
何度も読み返したくなる

 じつは本書に結論はありません。なぜなら、経済学は考え方(思想)の違いにより、大きく対立しているからです。

経済の性質について相反するお話があるからだ。

 経済は円満な家庭であーる!

 いや、崩壊家庭であーる!(211ページ)

 放っておけば安定するのか、放っておいたら崩壊するのか、根本的に考え方が違いますよね。

……そして政府の役割についての意見も違う。

 政府は成長と安定を推進するよい親なのだ!

 ちがーう、悪い親だからなるべく手出しさせるな!(211ページ)

 政府は「よい親」だとするのがケインズ経済学の立場で、「悪い親」だとするのが新古典派経済学の立場です。正反対です。

 バウマンによると、今後、経済学者でない人々に経済学の基礎を教えることは、マクロ経済学の2大問題との闘いと並んで重要となるそうです。経済学の共通理解を多くの人々が知らないと、実現できるかもしれない目標も実現できないということでしょう。

こうした苦闘の結果については、長期的にしかわからない。そして10ページで、長期的にはどうなるかも習ったよね。(217ページ)

 最後のこの1行で爆笑することになり、また10ページに戻って読み直します。笑いのループに乗って再読、三読すると、マクロ経済学に関する知見が身に付きます。なんとも実によくできた書物なのです。