将棋のオールスター東西対抗戦が今月15日に行われ、ファン投票で選ばれた12人の棋士が東西に分かれて戦った。そのなかで西軍の藤井聡太七冠は、同世代の伊藤匠叡王と対戦。伊藤匠叡王は今年6月に自身からタイトルを奪った因縁のライバルであり、藤井七冠にとってリベンジを狙う戦いとなったが、今回も敗北を喫してしまった。
伊藤匠叡王の大躍進の背景には、なにがあるのか? その点について、今月4日に発売された書籍『ライバルはいるか?』が触れている。モチベーション研究の専門家である金沢大学教授・金間大介氏によって書かれた、「競争が人生に与える影響」を解明した本だ。この記事では、本書より一部を抜粋・編集してお届けする。

なぜ藤井聡太七冠は負けたのか? 「無敵の王者を追い詰めた男」伊藤匠叡王に見る“大躍進する人の特徴”とはPhoto: Adobe Stock

藤井聡太、敗れる

 思いもよらないニュースが飛び込んできた。

 2024年6月20日、八冠の1つである「叡王」を、藤井さんが失冠したというのだ。藤井さんがタイトルを失うのはこれが初めてだ。

 しかも、負けた相手は同学年の伊藤匠七段。かねてから藤井さんのライバルと称されていたひとりだ。

 あまりに興味深いので、伊藤さんと藤井さんは、僕がこの本を執筆するまで対局を待っていてくれたのではないかと思うほど(そんなわけない)。

 以降、野澤亘伸氏の記事「『藤井聡太を“人間”にした男』伊藤匠の背負う宿命『同世代棋士が無敵の王者を破ったこと』の意味」(東洋経済オンライン、2024年6月29日)を引用する形で、ふたりの関係を振り返ろう(野澤さんの同記事は実に読ませる傑作なので、ライバル好きには一読を勧める)。

藤井さんの背中を見続けた「同学年」

 その記事によると、藤井さんと伊藤さんは小学3年生のときに全国大会で対戦し、このときは伊藤さんが勝ったとのこと。しかし、その後は藤井さんが一歩も二歩も先へ行く状態が続いた。

 たとえば、史上最年少でプロデビューを果たした藤井さんの対局における記録係を、伊藤さんは何度か務めている。目の前で輝かしい業績を積み上げていく同い年を見て、伊藤さんはどんな心境だったのだろう。

 ただ、伊藤さんの追い上げも尋常ではない。17歳でプロデビューし、2021年度には藤井さんの5年連続勝率1位を阻止して年間勝率1位にも輝いている。

 こうして徐々に差を詰めてきた伊藤さん。
 そして「巨大な枝葉の影にいた男は、力ずくでその枝を登り、自ら陽の光の当たる場所へと出た」という(前記・野澤氏の記事より)。

大躍進の背景にある「ひとつの要因」とは

 優勝者は多くの人からライバル視され、挑戦され続ける。
 その挑戦者たちに勝ち続けるのは、簡単なことではない。
 なぜなら、ライバルがいる人は「強い」からだ。

 ライバルが「いる人」は、「いない人」と比べて、

 26%も、仕事への「意欲」が高い
 33%も、仕事の「満足度」が高い
 36%も、「成長」の実感度が高い
 28%も、「年収」が高い
 39%も、「幸福度」が高い

 これは、僕が社会人1200人を対象に行ったアンケート調査の結果だ。
 現代は「みんなで仲良く」が正義とされた「超・協調社会」だが、「ライバル」という存在が、そしてライバルと競うことが、仕事や人生を豊かなものにしてくれるとわかった。

 伊藤さんが藤井さんに打ち勝った背景にも、伊藤さんにとって藤井さんが「ライバル」であったことが少なからず影響していたのではないだろうか。

 藤井さんというライバルが、伊藤さんの成長を促した。上記の調査結果は、そんな事実を感じさせてくれる。

(本稿は、書籍『ライバルはいるか?』の内容を一部抜粋・編集して作成した記事です)