「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。この記事では、本書より一部を抜粋・編集します。

目からウロコが落ちまくる…ビートルズ、アップル、シャネル、坂本龍一の「共通点」を見事に言語化した一冊とは?Photo: Adobe Stock

競争に負けたのが負け犬じゃない、戦っている時点ですでに負け犬なんだよ。――ピーター・ティール

 ブルー・オーシャン戦略は、2005年にINSEAD(欧州経営大学院)の教授であるW・チャン・キムとレネ・モボルニュによって提唱された経営戦略理論です。

 彼らの著書『ブルー・オーシャン戦略』は、日本でもベストセラーになりましたから、読んだという人もおられるでしょう。

 あらためて確認すれば、ブルー・オーシャン戦略とは、従来の競争が激しい市場=レッドオーシャンでの血みどろの戦いを避けて、競合には真似のできない独自の価値提案を行い、競争のない独自の市場=ブルー・オーシャンを創出することを目指す戦略のことです。

 ブルー・オーシャン戦略の鍵となるのが「価値の新しい組み合わせ」です。その成功事例の筆頭として本で紹介されているのがカナダのパフォーマンスカンパニー、シルク・ドゥ・ソレイユです。シルクとはフランス語でサーカスのことですが、シルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマンスを一度でも見たことのある人であれば、これが古典的なサーカスとは大きく異なるものだということはご存じだと思います。

 具体的には、シルク・ドゥ・ソレイユは、それまでのサーカスが提供していたスリルとユーモアに音楽性・芸術性・幻想性といった要素を「組み合わせる」ことで、独自の世界観をつくりあげています。

 この「組み合わせ」がブルー・オーシャン戦略の実践においては鍵となります。気をつけて欲しいのは、これは「新しい価値」の「組み合わせ」ではなく「既存の価値」の「新しい組み合わせ」だということです。ブルー・オーシャンの実践にあたって重要なのは、「新しい価値を創出する」ことではなく、既存の価値の「新しい組み合わせを創出する」ことなのです。

 そして、この考え方は、人生の経営戦略=ライフ・マネジメント・ストラテジーにも非常に大きな洞察を与えてくれます。ブルー・オーシャン戦略をライフ・マネジメント・ストラテジーに反映させることを考えた場合、重要なのは「独自の交差点を作る」ことです。独自の存在感を放っている人を振り返ってみると、その「立ち位置」は、他の誰が立つこともできない、ユニークな交差点であることに気づくはずです。

目からウロコが落ちまくる…ビートルズ、アップル、シャネル、坂本龍一の「共通点」を見事に言語化した一冊とは?

組み合わせは一流でなくてもいい

 ここで非常に重要になってくるのが、交差点に立つ場合、掛け合わせるそれぞれの要素は、必ずしも超A級のトップクラスでなくても構わないということです。具体的な事例を挙げて説明しましょう。

 私が大学院で文化施設経営の研究をやっていたころ、ロンドンに拠点を持つ「劇場経営に特化したコンサルティングファーム」の取材をしたことがあります。このファームには元コンサルティングファームのコンサルタントや、元金融機関のアナリストが集まっていましたが、共通していたのは文化・芸術に対する深い愛情と知識を持っている、ということでした。

 彼らを単純にコンサルタント、あるいはアナリストとしての能力だけで評価すれば、必ずしもその世界において超一流とは言えないかもしれません。しかし、彼らはそれらの能力に加えて、文化・芸術に関する深い知識・鋭い感性・緻密な評価能力を同時に持っており、それらの「組み合わせ」が彼らを唯一無二の存在たらしめているのです。

 劇場や文化施設のコンサルティング・プロジェクトにおいても、通常の営利組織のコンサルティングと同様に、売れ筋の分析やコスト構造の整理は行います。しかし、それだけでは済みません。こういった「定番メニュー」の分析に加えて、例えばオーケストラの経営分析であれば、オーケストラのパフォーマンスの評価……つまり、実際の演奏を聴いて、どこに問題があるのか、楽器別パートのどこが弱いか、レパートリーのバランスはどうか、を分析します。これは、通常のコンサルタントやアナリストには全く手の出せない領域です。

 つまり、彼らは、通常のコンサルティングに求められる分析スキル全般に、美術や音楽に関するセミプロ並みの知識と感性を「組み合わせる」ことで、唯一無二の存在となっており、であるがゆえ安定的に高収益のコンサルティングビジネスを継続することができているわけです。

 加えて指摘すれば、芸術や音楽を愛好する彼らにとって、劇場や美術館といった施設のコンサルティングは、まさに天職と言って良いほど充実感とやりがいのある仕事でもあります。彼らが自分たちの仕事について強いプライドと誇りを持っていることが、お話ししていてひしひしと伝わってきました。

「ユニークな組み合わせ」が大事

 ここで注意して欲しいのは、彼らの能力が、戦略コンサルティングという点だけで見た場合、あるいは音楽鑑賞・美術批評という点だけで見た場合、それぞれの領域では必ずしも超一流とは言えない、という点です。彼らの多くは、コンサルティング業界でのキャリアにどこかで見切りをつけてきたわけですが、だからといって、音楽業界・美術業界の専門家としてやっていけるほどの能力があったかというと、それも疑問です。
しかし、これらの能力が「組み合わせ」として求められる局面になると、彼らは世界に唯一無二の存在になるのです。

 実は私自身も、もともと学んでいた人文科学や美術史の知識を、経営コンサルティングに活かす「価値の新しい組み合わせ」で、コンサルティング業界で自分のブルーオーシャンを作ってきた、という側面があります。

交差点が増えれば「世界の多様性」も増える

 これは考えてみればすごいことです。なぜなら「組み合わせ」によって世界に多様性が生まれるからです。

 仮に世界に1000個のカテゴリーが存在し、それぞれのカテゴリーに一人のチャンピオンが存在すると仮定すれば、世界には1000人のカテゴリーチャンピオンしか生まれ得ません。どんなに人数が多くても、残りの「チャンピオンになれなかった」人々は、その立場を甘んじて受け入れるか、居座ろうとするチャンピオンを追い落としてチャンピオンの椅子を奪うかの2つの選択肢しかないのです。このような「マキャベリ的世界」を望む人は誰もいないでしょう。

 しかしもし、この1000個のカテゴリーのうち、2つのカテゴリーが重なりあう交差点が立地になるのであれば、チャンピオンの数は1000人から一気に49万9500人にまで増えます(※1)。カテゴリーの交差点が立地になるだけで、世界に存在しうるチャンピオンの数は一気に500倍に増えるのです。

 さらに、カテゴリーが3つ重なり合う領域まで立地になるとすれば、その数は1億6661万7000人にまで増えることになります(※2)。
カテゴリーの交差点を立地にするだけで、世界に1000人しか存在し得なかったチャンピオンが、数十万人、場合によっては1億人以上存在し得るように変わるのです。私たちが、自分ならではの「ユニークな組み合わせ」によって「自分のブルーオーシャン」を構築することで、世界はもっとしなやかで伸び伸びと働ける場所になっていくはずです。

※1 (1,000×999)/2=499,500
※2 (10,000×9,999×9,998)/(1×2×3)=166,617,000