「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。この記事では、本書より一部を抜粋・編集します。

圧倒的な成果を出す条件、二流の人は「質にこだわる」。では一流は何をしている?Photo: Adobe Stock

  今日、イノベーションは企業経営において中核的な論点になっていますが、こと「方法論の開発」ということでいうと、捗々しい成果は生まれていません。いわゆる「デザイン思考」を筆頭に、これまでに多くのデザインファームや経営学者が「イノベーションの方法論を開発した」と豪語してきましたが、実践の成果は不毛としか言いようがなく、イノベーションが実際に生まれたという事例は寡聞にして知りません。

 以前から私が繰り返しているように「イノベーションの方法論は原理的に存在しない」ということでしょうが、しかし、だからといって全くなす術がない、というわけではありません。

 これまでの研究から、個人についても組織についても、創造性を向上させる上で「鉄板のアプローチ」が存在することはわかっています。それは「とにかくたくさんのアウトプットを出すこと」です。

「成功したから多く生み出した」のではなく「多くを生み出したから成功した」

 意外に思われるかも知れませんが、創造性に関する過去の研究の多くは共通して「量が非常に重要」だということを示しています。創造性は「最も多くのアウトプットを出している時に、確率的に高まる」のです。

 前節でも取り上げたカリフォルニア大学デービス校の組織心理学者のディーン・キース・サイモントンは、ダ・ヴィンチ、ニュートン、エジソンなど、あらゆる時代のイノベーター2000人のキャリアを分析し、結論として次のように指摘しています。

 多くの人は「イノベーターは成功したから多く生み出した」と考えている。しかしこれは論理が逆立ちしている。実際のところはその逆で、彼らは「多くを生み出したから成功した」のである。

 サイモントンによれば、芸術家や科学者のアウトプットには「量と質の相関関係」が存在します。例えば、科学者の論文の引用回数は、その科学者が残した全体の論文の数に比例しています。そしてまた、その芸術家や科学者が、生涯で最も優れたアウトプットを出す時期は、生涯で最も多くのアウトプットを出している時期と重なります。
確かに、過去の偉大な芸術家や発明家は「質」だけでなく「量」においても図抜けた実績を残しています。ピカソは2万点の作品を残し、アインシュタインは約300本の論文を書き、バッハは1000曲以上の作品を作曲し、エジソンは1000件以上の特許を申請しました。ある領域において最も高い水準の「質」を生み出した人は、同時に、その領域において最も高い水準の「量」を生み出している人でもあるのです。

 サイモントンによるこの指摘は、創造性に関して私たちが持っている一般通念とは大きく異なります。というのも、私たちは、自分たちの仕事について、アウトプットの量と質にはトレードオフの関係が存在しており、質を求めれば量が犠牲になり、量を求めれば質が犠牲になる、と考えてしまいがちだからです。しかしそうではない、むしろ量を求めることで、同時に質も高めることができる、ということです。

大量のガラクタを生み出すのが戦略の前提

 このような指摘をすれば「そんなことをすれば、いいアイデアは生まれるかもしれないが、同時に膨大なガラクタを生むのでは?」と思われるかもしれませんが、全くその通りで、それで構わないのです。

 サイモントンの研究によれば、確かに、科学者や芸術家が、生涯で最も優れたアウトプットを出す時期は、生涯で最も多くのアウトプットを出している時期と重なっています。しかしまた同時に、その時期は、その科学者や芸術家にとって、「最もダメな作品が生まれる時期」でもあることがわかっているのです。

 先述した科学者や芸術家のアウトプットを俯瞰して見れば、彼らの残した知的生産の全てが必ずしも傑作というわけではない……いや、これは少し優しすぎる表現かもしれません……むしろ、彼らの残したアウトプットの大多数は、今日では見向きもされていない、と言った方がいいでしょう。

 アインシュタインの残した300の論文のほとんどは、現在、誰からも参照されていませんし、バッハの残した1000以上の曲のうち、今日でもコンサートで演奏されているのは定番の30~50曲程度でしかありません。エジソンに至っては取得した1000以上の特許のうち、実際のビジネスに繋がったものは10~20程度と言われています。つまり、単純な比率で計算すれば、歴史に残る天才であっても、傑作と言われるようなアウトプットは全体の数%程度でしかないのです。

上側へのばらつきを人生に活かす

 なぜ、このようなことが起きるのでしょうか? 統計の概念を用いて説明すれば次のようになります。

 まず、アウトプットの質は確率的に分布します。そして当然ながら「極めて優れたアウトプット」が生まれる確率は非常に低いため、このようなアウトプットを生み出すためには、とにかく取り組みの数を多くするしかありません。

 これを図式化すると図のようになります。

 この図では「取り組みの数が多い=Aさん」と「取り組みの数が少ない=Bさん」とで、取り組みの数に3倍の差をつけてシミュレーションしています。一見してわかる通り、全体の平均値はAさんもBさんも変わりがありません。取り組みの数を増やしたところで、アウトプットの質が全体的に向上するわけではないのです。

 一方で、グラフの右側に目をやると、Aさんは、Bさんよりも、平均から+2標準偏差以上離れた「非常に質の高い取り組み」の絶対数が増えていることがわかります。これが、取り組みの数を増やすことで手に入った「極めて優れたアウトプット」の正体です。

 反対に、グラフの左側に目をやれば、逆にAさんは、Bさんよりも、平均から-2標準偏差以上離れた「非常に質の低い取り組み」の絶対数も増えていることがわかります。これが、サイモントンの指摘する「最も生産性の高い時期に生まれる、極めてダメなアウトプット」の正体です。