近づいてみて、スノークのおじょうさんは、ほうっとなってしまいました。指でドレスにさわってから、腕いっぱいにドレスを抱え、鼻におしつけたり、胸にだきしめたりしました。ドレスはサラサラと鳴って、ほこりと香水のにおいを立てました。やわらかいドレスたちは、おじょうさんをはてしなくやわらかな世界にひきずりこんだのです。(『夏まつり』p.76-77)
この場面が描かれた挿絵ではスノークのおじょうさんの顔つきは陶酔し、エクスタシー(性的絶頂)を感じさせます。
ミムラとミイ姉妹は
同じ人物が分裂したもの
同じように濃厚なフェミニティを感じさせるキャラクターとして、本作にはミムラも登場しています。彼女の顔つきにもエクスタシーのニュアンスを感じさせる場面があります。
二村さん(編集部注/AV監督・文筆家の二村ヒトシ。横道誠氏の著書『なぜスナフキンは旅をし、ミイは他人を気にせず、ムーミン一家は水辺を好むのか』に「大人のテーマが描かれている(ように僕には思える)ムーミン・シリーズ」というコラムを寄稿)はミムラとミイという姉妹ふたりは、トーベのいつもの流儀で、同一のキャラクターがふたりに分裂した存在のように感じられると言っていました。女性の性的な側面とそうではない側面の分裂というわけです。トーベにとっては、その両方が重要だったのではと思われます。
前作『ムーミンパパの思い出』には、たくさんのミムラたちが出てきていました。多産の一族なのです。ですからミムラは恋愛、結婚、多産、繁栄の女神アフロディーテ(ヴィーナス)のようなシンボル的存在かもしれません。『ムーミン谷の夏まつり』にはスナフキンが面倒を見ることになる24人もの子どもたちが登場して、大量に集まって移動するニョロニョロも姿を見せます。
これらも多産性を連想させますし、全体に漂う多幸感を強めています。
スノークのおじょうさんがヒロインとして魅力を発揮し、彼女とムーミントロール(編集部注/ムーミン族の男の子で、アニメ版の主人公・ムーミンの原型)が公認のカップルとして表現される本作ですが、そうとはいえ、すでに次作以降での彼女の没落の予兆も描かれてしまっています。冒頭近くでムーミントロールにとってのふたりの重要なキャラクターがつぎのように表現されています。
スナフキンは、ムーミントロールの親友でした。いうまでもありませんが、ムーミントロールはスノークのおじょうさんも大好きです。だけど、おじょうさんは女の子ですから、それとこれとがそっくり同じというわけにはいかないのです。(『夏まつり』p.18)
スナフキンは留まりつづけ、スノークのおじょうさんは存在感を弱めていきます。つぎにスナフキンについて考えてみましょう。