だが歌麿は女の性格描写にまで踏み込んでいった。画から女たちの心の呟きが漏れてくるのだ。『婦人相学十躰』の「浮気之相」の、コケティッシュな湯あがりの年増美人の微笑は何を意味するのか。そもそも首を回して誰をみて、何を語ろうとしているのか。この美人画を手にした者はさまざまなストーリーを愉しめる。
『婦女人相十品』では「煙草の煙を吹く女」の表情、ふ~~っと吐いた紫煙の行き先がアンニュイな世界を現出させる。「やれやれ」「どうしょうもないねえ」と半ば困惑しつつ、もう半分は諦観する女。歎息の原因はやはり男女の情話がからむのか……映画のシーンを彷彿させる一枚だ。
『歌撰恋之部』では「物思恋」の人妻が眼を細めて頬杖をつき、倦怠感たっぷりに沈思する。去来するのは娘時代の恋、それとも現身の情夫か。いずれにせよ「恋」を「物思」う彼女の表情はすばらしく饒舌だ。
美人画の表現は歌麿「以前」と「以降」に分けられるほどニュアンスが異なる。
嫁入り道具、武士の弾よけ……
春画にはさまざまな意味がある
2013年10月から翌年1月にかけて大英博物館が催した「大春画展」は9万人近い観覧者を集めた。展示された浮世絵のなかでも白眉と高い評判を得たのが他ならぬ歌麿の春画だ。
春画は艶本、咲本、笑本ともいい(いずれも読みは「えほん」)、枕絵、勝絵、笑い絵、ワ印などの別名がある。春画のテーマはセックスに他ならない。だが、春画はポルノグラフィーのように一義的な目的で愛用されていない。
性の営みは五穀豊穣、子孫繁栄と密接に結びつく。春画の別名に「咲」「笑」の字を宛てたとおり、江戸の民は色恋や色情を陽気に捉え、そこに滑稽さも感じとった。「咲」は「わらう、えむ」であり「口をすぼめて笑う」が原意。「笑」は「咲」が転じて一般化した字(『漢字源』/学研)。それゆえ、春画は新春にふさわしい寿ぎの絵として年礼の進物にさえなった。
『江戸人の性』(氏家幹人/草思社文庫)には、江戸藩邸勤務となった藩士が奥女中への恒例の手土産として携えるのは新刊の春画と書かれている。同趣のエピソードとして江戸城内の「坊主衆が懇意の大名たちに新春の『御祝儀』として(春画を)贈った」ともある。