コロナ禍で「手を洗う」行為が
人々にとって幸せなことではなくなっていた

掛川幸子氏佐々木商店の掛川幸子氏(執行役員/ブランディングオフィサー)

 そうですね。コロナ禍で2020年はフジロックの開催は見送られ、2021年は国内アーティスト中心で、会場の規模を縮小しての開催でした。ソーシャルディスタンスによって、ブースに人が集まることはNGとなったため、コゼットジョリのブースを出すことは断念しました。

 一方で、先ほどお伝えしたユニセックス化粧品のブランド、「シンプルデイ」でハンドソープを取り扱っていたので、このハンドソープに加え、アルコールハンドジェルを会場内の手洗い場に設置させていただけないかと、SMASHさんにご提案したんです。

――もともとハンドソープ自体は、コロナ禍前から自社で取り扱っていたということでしょうか。

 いえ。社内で「フェス用の化粧品をつくりたいね」という計画自体はありましたが、そうこうしているうちに新型コロナウイルスが広まっていきました。そこで、緊急でアルコールハンドジェルを開発して世に出したんです。

 その頃、世の中の人たちは、感染しないようにと恐怖におののきながら手を洗っていました。さらに手を洗い過ぎて手が荒れてしまったりしていた。「手を洗う」行為が、人々にとって幸せなことではなくなっていたのですね。

 そこで、手を洗うたびに幸せになれるようなハンドソープをつくれないかと社内で話し合い、コロナ禍が日本に広まった2020年内に開発に着手、2021年にはフジロックの会場で提供することができました。

 提供したハンドソープの香りの名前が「ありのままの1日」というのは、コロナ禍によって奪われた、1日をぶらぶらしてのんびり過ごすとか、音楽ライブを楽しむとか、誰かに会うとか、当たり前のことだけど、そうした日常というのはありがたいことなんだ、という意味を込めて名付けたものです。

――たしかに、香りも洗い心地もとても良く、来場者は皆、喜んでいました。パッケージもおしゃれでしたので、フジロックの会場の手洗い場の雰囲気が、一気に変わった記憶があります。

 これまで手洗い場はあってもハンドソープはなかったので、皆さん、感動してくれたみたいです。また、フジロッカー(毎年フジロックに参加しているファンたち)の言葉を、短冊として周辺にデコレーションしたり、忌野清志郎さんの曲の一節をさりげなく掲示したりしたので、皆さん、それを見ながら喜んでくださいました。

 当時、音楽フェスに参加しづらい雰囲気が社会全体に漂っていて、来場者の皆さんはどこか負い目を感じていたように思えます。新型コロナ感染への恐怖もあったでしょう。私たちは化粧品の会社ではありますが、なるべくポジティブな力を来場者に与えたいと、プロダクトを軸に何ができるか試行錯誤しました。これらの取り組みを目にされた方から、「うるっときた」「この年のMVPはハンドソープだ」といった声もあり、うれしかったですね。

――「手を洗うたびに幸せになる」というのは、どういうことでしょうか。

手洗い場写真提供:佐々木商店

 このハンドソープは、何度洗っても手が荒れづらいので、安心して使っていただけます。弊社の代表の佐々木がアトピー性皮膚炎で手が荒れやすく、「社長が痛くないアルコールハンドジェルやハンドソープをつくろう」と社員たちが一生懸命、開発しました。

 界面活性剤を使っていないので泡立ちがいいわけではないのですが、しっとりする成分が入っていて、水を流しても手の水分を奪い切らないので、水で流した瞬間から手に潤いが残るんです。

 そして皆さんがおっしゃられる通り、香りもいいんですよ。柑橘(かんきつ)系のさまざまな香りをブレンドしてつくっています。天然の香料を使っているので、あと残りしにくいんです。合成の香料だとどうしても香りが残ってしまい、体質や敏感な人にとっては食事の際に気になったりしますが、シンプルデイのハンドソープは、人や地球環境に悪いとされるものは使いません。

――普通に買うといくらなのでしょうか。高そうですが……。

 250ミリリットルで3080円です。一般的なハンドソープと比較すると、高いと感じるかもしれませんね。

――これをフジロックの会場のほぼすべての手洗い場に設置し、つねに補充するとなると、相当な量になりそうですが、それらの費用は御社がすべて負担しているのでしょうか。スポンサー料とは別の費用がかかっているわけですよね。

 そうですね、すごい量です(笑)。初めて提供を開始した年は、コロナ禍で来場者がどれだけ手を洗うか、3日間でどれだけの量が必要なのか、見当がつきませんでした。コロナ禍の真っ最中、かつ、皆さん、ハンドソープが常備されているとなると気兼ねなくどんどん使うので、初日の減り方が尋常ではありませんでした。2トン用意したのですが、これは最終日まで持たないのではと、ハラハラしましたね。結果的に何とか持ちこたえました。

――設置や補充の作業は御社のスタッフが行っているのですか。

 2023年までは、弊社のスタッフと、SMASHさん側のボランティアの方々とで、手分けして行っていました。補充するたびに、お客さんがお礼を言ってくださったりして幸せでしたと、おっしゃってくださる方もいました。

 ただ、人数的にすべては回り切れなかったり、会場内で人の渋滞が起こるとそれに巻き込まれてしまったりで、場所によっては空になってしまうこともありました。そのため、2024年からは、生粋のフジロッカーの人たちに、ボランティアとしてお願いしています。補充しながら見たいライブも楽しめますし、そこから人の流れや渋滞を予想したりして、効率よく回ってくださるんです。

――たしかに2024年は、ボトルが空になっているところを見かけなかった気がします。

 2024年は15人で対応していましたが、それでも相当大変でした。キャンプサイトなど、メイン会場以外にもたくさんありますからね。

――会場内でハンドソープは買えるのでしょうか。おみやげに買いたいという人は多そうですが。

 そういうお声がけはいただきますが、スポンサーはスポンサー料、販売用のブースはブース出店料が別でかかるので、悩ましいところではあります。

フジロックで人々の
「喜びの鼓動」を支える

――次回以降もこうした活動は続けていくのでしょうか。

 そうですね。シンプルデイのハンドソープが手洗い所に設置されていることが定番と思ってくださっている人がたくさんいますからね。「良いカルチャーがあるところに、シンプルデイのハンドソープがある」という印象を持っていただけたらいいなと思っています。「これ(ハンドソープのボトル)を見ると安心する」というお言葉もいただいたりしますので、続けていけたらいいなと思っています。

――あらためて、フジロックに協賛することの価値は何だと思いますか?

 世の中は今、戦争があったり、パンデミックが起きたり、不況に悩まされたりしています。そのようなとき、音楽や自然というのは、何者にも代え難い、心の癒やしだと思うんです。

 働いて、食べて、寝る。こうした人間の営みに、音楽のリズムは、深みや彩りを加えてくれます。リズムというのは心に響きますよね。フジロックは、それを大自然の中で楽しむことができる。太陽の光や風を感じながら、音の旋律に身を委ねる。

 シンプルデイのコンセプトは、「心に喜びの鼓動(ビート)を」です。生きていれば、どんなときでも必ず心臓は動いています。それが「悲しい」「怖い」の鼓動ではなく、「喜び」の鼓動であってほしい。

 音楽を聴くと、喜びの鼓動になります。たとえ知らないミュージシャンでも、良いリズムは心に響いてきますよね。フジロックへの協賛というのは、企業的にいえばPRかもしれません。でも、それ以上の価値を感じています。皆さんの鼓動が「喜びの鼓動」になるのを、支えることができるのですから。

 続いて、キーン・ジャパンでイベントを担当する西方拓己氏(EVENT Senior Specialist)とPR担当の種田聖子氏(PR Senior Specialist)にお話を聞いた。KEENは、米国オレゴン州ポートランドを本拠とするアウトドア・フットウエアブランドで、キーン・ジャパンはこの日本法人となる。