音楽フェスのスポンサーになるメリットは?フジロック協賛企業たちに学ぶ「企業活動に大切な視座」Photo by 宇宙大使☆スター

ミュージシャン、参加者、スタッフ、ボランティア、地域など、音楽フェスの運営には、数多くの人や団体が関わっている。特に収支面で大きな支えとなっているのが協賛企業、いわゆるスポンサーの存在だ。協賛企業は、どのような目的で音楽フェスを支えているのか? また、音楽フェス内でどのような活動をしているのか? 今回、1997年から続く国内最大級のロック・フェス「フジロックフェスティバル」で、数年にわたって協賛を続ける、コゼットジョリ(株式会社佐々木商店)とKEEN(キーン・ジャパン合同会社)の2社を取材した。(取材・文・構成/ダイヤモンド社 編集委員 長谷川幸光)

音楽フェスの運営に欠かせない
スポンサーの存在

 フジロックフェスティバル(以下、フジロック)では協賛企業を「サポーター」と表現している。主催者のSMASHによると、(単に資金や物資を提供するのではなく)一緒にフェス全体をつくっていく、というニュアンスが含まれているという。2024年は、「オフィシャルサポーター」が23社、フジロックにとって必要な機材や会場インフラなどを提供する準協賛企業(「Corporate with」枠)が2社であり、そのほか、メディア面でサポートする「Official Media」が8社、「Supporting TV」が3社、「Supporting Radio」が8社となっている。

 佐々木商店もキーン・ジャパンも、毎年、オフィシャルサポーターとして協賛しているが、両社を取材して印象的だったのが、どちらも企業活動に、地球環境保護や、社会のサステナビリティ(持続可能性)を強く意識していることだ。

 SDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)への意識の高まりや、企業価値の分析においてESG(Environment Social Governance/環境・社会・ガバナンス)の重要度が高まる中、両社の話は多くの企業やビジネスパーソンにとって参考になる部分も多いはずだ。

 まずは佐々木商店の執行役員であり、ブランディングオフィサーを務める掛川幸子氏に話を聞いた。佐々木商店は、「Causette.Joli(コゼットジョリ)」というブランド名でフジロックに協賛している。コロナ禍で、フジロック会場内の手洗い場に「Simple day(シンプル・デイ)」と書かれたハンドソープが置かれ、その香りの良さと、滑らかな使い心地が話題になったが、これらを提供しているのが佐々木商店だ。この日は出張先のパリからZoomで取材に応じてくれた。

マニキュアのブランドが
フジロックに協賛した理由

――いつからフジロックのオフィシャルサポーターを務めているのですか。

 2019年からです。この年に立ち上げたマニキュアブランド「コゼット・ジョリ」で協賛させていただきました。弊社の代表の佐々木が、1997年の1回目のフジロックから皆勤賞で参加するほど、フジロックのファンなんです。

 フジロックの1回目は嵐でしたが、私たちが協賛を始めた2019年も会場はすごい暴風雨で、出店ブースがほとんど水没してしまいました。私たちだけでなく、近くの協賛企業のブースも多くが水没していましたね。初の協賛で「フジロックの洗礼」を受けました。

――佐々木商店自体は、どのような企業なのでしょうか。

 化粧品製造業と化粧品の販売をしている会社です。もともとは、ネイル用品を専門に製造する会社でした。「コゼットジョリ」はマニキュアの小売りのブランドです。その後にリリースしたのが、ユニセックス化粧品のブランド、「シンプルデイ」です。ハンドソープや化粧水、保水ミスト、日焼け止め乳液、虫よけのアロマボディースプレーなど、アウトドアに関連し、人や地球に優しい素材を使うことを大切にしています。

――なぜフジロックに協賛しようと思われたのですか。

 私も佐々木ほどではありませんが、何度かフジロックを訪れています。フジロックって、都心から離れていてアクセスがいいとはいえませんし、チケット代以外にも、交通費や宿泊代、飲食費など、お金もかかりますよね。ほかの音楽フェスティバル(以下、音楽フェス)と比べると不便ではあります。

 でも、皆、大自然の中で音楽や人とのコミュニケーションを楽しむためにやって来る。便利さや効率性だけを追求するのではなく、体験という価値に、時間や対価を払える感性を持った人たちが、全国、それこそ海外からも集まってくる。そういう人たちに、私たちのコスメを知ってもらいたいと思いました。

 化粧=コストがかかる、という概念を払拭したかったんですね。化粧品というのはもちろん費用はかかりますが、「コスト」として捉えるのではなく、「自分の人生の中で価値のあるもの」として捉えてほしい、「ライフスタイルアイテム」として捉えてほしい、そう考え、感度の高いフジロックの来場者に体験していただきたいと考えました。

 オーディエンスと直接関係のない企業は、フジロックのスポンサーになれないと聞いていましたが、2017年ごろから「フェスネイル」をしてくる人たちが増えてきたこともあって、マニキュアのブランドとはいえ、フジロックのオーディエンスにまったく必要のないジャンルではないと思い、企画書をSMASHさんに送らせていただきました。

――フェスネイルって何でしょうか。

 音楽フェスの雰囲気に合わせたネイルや、好きなアーティストのロゴや推し色のネイルを施して、フェスに参加するんです。フジロックではゴンちゃん(※)のイラストを描いている人も多いですね。

※イギリスのアーティスト、ロバート・ゴードン・マクハーグ氏がプロデュースする、大小さまざまなサイズの石に目を描いたカラフルなキャラクター。会場のいたるところで目にし、見る者を和ませている。「FUJI ROCK」の「ROCK(石)」から着想を得て生まれた

 その頃、フェスファッションや「森ガール」がはやっていて、その流れでフェスネイルも広まっていきました。これほど多くの人がネイルをして音楽フェスへ行くのであれば、マニキュアブランドも音楽フェスとは無関係ではないだろう、そう思って、企画書を作成しました。

 でも、大企業が協賛企業として名を連ねる中、このような新参者の会社の提案なんて聞いてもらえないのではと心配になり、ぜひ目を通していただきたいと、(当時のSMASH代表でフジロックの創始者の)日高さん宛てに、書留で送ったんです。

――書留で企画書を送付!

 はい(笑)。書留って、本人が受け取らないといけないですからね。その後、「書留を送ったのですが見ていただけましたでしょうか」と連絡したところ、SMASHの方が話を聞いてくださり、会場内でネイルを体験できるのはおもしろいかもしれませんねと、承諾してくださいました。

――会場内ではどのような活動をされているのでしょうか。

ネイル写真提供:佐々木商店

 ブースを出店し、訪れた人が自由にネイルを塗れるようにしました。毎年、「苗場の空」という、フジロックの大自然をイメージした色をつくっています。夕焼けがきれいな年はオレンジだったりと、毎年、色が違うんです。そうした色含め、会場でネイルをしてみましょうと。毎年、たくさんの人が訪れてくださるんですよ。

――男性もいらっしゃったりするのでしょうか。

 女性が多いですが、カップルで訪れたり、無料なのでネイルを初めて体験してみようかなという男性もいらっしゃったりします。「苗場の空」を、雨が降っている苗場をイメージした黒に近い青にしたときは、男性からも人気でしたね。

 2024年は、有料にはなりますが、「苗場の空」の色を自分でつくってオリジナルのマニキュアをつくろうというワークショップも実施しました。

――音楽フェスのスポンサー料というのはけっこう高額だと思うのですが、物販で利益を出そうとか、そうした考えはなかったのでしょうか。それよりも体験やブランディングを重視ということでしょうか。

 スポンサー料含め、それらも広告費の一部と捉えています。体験に価値を感じる人たちが10万人訪れ、そうした方たちに私たちのブランドを知ってもらい、「自然の中でネイルをする」という体験を提供できるので。

――そのような中、フジロックもコロナ禍の混乱に巻き込まれていきました。会場内の手洗い場にハンドソープを置くようになったのは、コロナ禍以降ですよね。