音楽フェスの会場で
果たしてシューズは売れるのか?
――KEENは、オフィシャルサポーターを務めるほか、グリーンステージ(※メインステージ)奥の販売ブースで、シューズの販売もしていますね。素朴な疑問ですが、音楽フェスの会場内でシューズは売れるものなのでしょうか。来場者はそれなりの装備をしてきていそうですが。
イベント担当としてフジロックに関わるようになった当初、私(西方氏)も「フェス会場でシューズは果たして売れるのだろうか」と思っていたのですが、実際、ものすごく多くの方々が買ってくださるんです。
ここ数年は、フジロックは晴れの日が多いですが、それまでは「フジロック=雨」の印象が強く、雨を前提に長靴しか持ってきていない方も多かったんですね。でも、雨が降らなければそれはそれですごく暑い。そのため、シューズを買いにくる方もけっこういらっしゃるんです。ここ数年は晴れが続いているので、トレッキングシューズよりもサンダルのほうが売れています。
――雨が降ると靴下もびしょびしょになるので、素足で履けるサンダルがあると、晴れの日も雨の日も使えて便利ですよね。フジロックのオフィシャルサポーターになったのはいつからでしょうか。
2015年からです。今は「グリーンステージ」(※メインステージ)奥でのブース出店をしていますが、最初は、フジロック全体のオフィシャルサポーターではなく、「キッズエリア」(※メリーゴーラウンドなどの子どもたちの遊び場やオムツ交換所・授乳所のあるエリア)のオフィシャルサポーターとして、子ども用シューズの無料レンタルをしていました。
初年度は子ども用シューズの無料レンタルでしたが、大人もレンタルをしたいという声が多かったので、2016年からは、大人もレンタル可能にしました。子ども用と大人用、合計で約1000足用意しました。
――なぜフジロックでシューズのレンタルを始めたのですか。
ブランディングの一環として、フジロックという私たちと親和性のある場に来る方々に、まずはKEENという名前を知ってもらいたいと考えました。
さらに、試し履きをしていただくことで、ファンになっていただきたいという思いがありました。KEENのシューズを見たことはあるけれど、買うまでにはいたっていないという人も多かったんですね。でも、調査をしたところ、試し履きをしていただくことで購買率が上がることがわかりました。試し履きをしていただくと、そのまま買っていただけることが多いんですね。山道や川もあり、さまざまな天気にもなる会場内で一日履いていただくことで、履き心地を実感していただくことができます。「脱ぎたくない!」と泣くぐらい気に入ってくれたお子さんもいましたよ。
2017年は、レンタルシューズだけでなく、レンタルシューズを履いて歩くことで、環境保護にもつながるようにしました。
専用アプリを搭載して歩数を記録し、その歩数を金額に換算して、苗場の地元の方たちが運営する「フジロックの森」、フジロック会場内でいえば「ボードウォーク」あたりですね、この森の管理活動へ寄付させていただきました。歩けば歩くほど、私たちを楽しませてくれている苗場の環境保護に貢献できるわけです。
一方で、フジロックの規模が大きくなり、この頃から、飲食時の器やコップの散乱、ゴミ袋の山や、使い捨てられた安いキャンプ用品などの放置が目立つようになりました。それを一日の終了後にボランティアの方たちが拾っているんですね。
――初年度以降、フジロック来場者は徐々にマナーや経験が成熟し、「世界一クリーンな音楽フェス」とまでいわれるようになっていましたが、規模の拡大、世代交代、インバウンドの急増などもあって、ゴミ問題が再燃していたのですね。
そうなんです。「世界一クリーンなフェス」を取り戻すため、2018年はフジロックが「OSAHO(お作法)」キャンペーンを展開しました。ゴミの分別の大切さや、タバコの吸い殻などが入った紙コップはリサイクルできませんといった豆知識、ゴミはゴミでなく資源ですよ、持ってきたものは持ち帰りましょう、来た時よりもきれいにして帰りましょう、タバコは喫煙エリアで吸いましょうといった、フェスのエチケットや環境に関する意識を高めてもらうための啓発キャンペーンです。
その年、KEENはそのキャンペーンと連動して、「OSAHO」のレクチャーブースを実施しました。インバウンドの方々にも伝わるよう、表記はトライリンガルにしたり、英語や中国語を話せるスタッフをつけたりと、多言語を用いて実施しました。
フジロックの来場者は、1年でもっともフジロックを楽しみにしている人も多いですよね。そのため、皆で一緒に楽しい時間を過ごせるようになるにはどうすればいいか、「靴屋」である私たちに何ができるか、プロダクトでどのように問題を解決できるか、つねに考えています。
2019年は、フジロックとKEENがコラボしたサンダルとトレッキングシューズを初めて販売しました。
販売ブース前には、人気のシューズシリーズ「ニューポート」の巨大な型を用いたアートオブジェクトを設置。来場者が飲み終わったペットボトルを挿していくことで、巨大なニューポートの形が浮かび上がってくるという、参加型のアートです。子どもたちも楽しんでくれて、飲み物を飲んだ後にわざわざ挿しに来てくれたりしました。
ただ、この年は開催2日目に暴風雨に見舞われ、販売ブースもアート作品もほぼ水没してしまったのです。
――そういえば、佐々木商店さんも、この年はブースが水没したと言っていました。
ブースを再開できないぐらい水浸しでした。そのため、最終日はブース内のノベルティグッズを救い出して皆で干したり、キャンプサイト後方にブースを特設してもらって、そこでシューズを販売したりしました。過酷でしたが思い出深い年になりました。
2020年はコロナ禍で開催が見送られ、2021年も当初、ブースを出店する予定でしたが、私たちはギリギリまで悩んだ末、出店を自粛させていただきました。ただ、フジロックとのコラボシューズは、店舗やオンラインなどで販売しました。出店せずとも、KEENのシューズを履いて楽しんでいただきたいと。私たちは、天井がないところはすべてアウトドアだと捉えています。山、川、海はもちろん、街の中だってアウトドアだと。
――コラボシューズの開発自体はしていたのですね。
シューズの開発には約2年かかるんです。コロナ禍もここまで長引くとは思っていなかったので、出店に向けて開発自体は進めていたんですね。
2022年は再び会場に戻り、また、「キッズアドベンチャー」というイベントを実施しました。親御さんたちがフジロックを楽しんでいる間に、お子さんたちを預かって、苗場の森や川を探検するイベントです。その様子をプロのフォトグラファーが撮影し、写真データをプレゼントします。とても好評で、その後も毎年、実施しています。
――たしかに、子どもたちが探検している光景を会場で何度か目にしました。大人も参加してみたくなりますね。ブース前のアートオブジェクトも気になりました。
この年のアートオブジェクトも「ニューポート」の巨大な型を活用しました。人々がペットボトルのふたを入れていくことで、巨大なニューポートの形が浮かび上がってくるというものです。
先ほどのペットボトルも、この年のキャップもそうですが、消費されているプラスティックをアートという形で可視化することは、「これほどの量のプラスティックが使われているんですよ」という裏メッセージでもあるんです。
――KEENは、「みらいの森」(児童養護施設で暮らす子どもたちにアウトドア体験を提供するNPO法人)や「POW」(Protect Our Winters/雪山などを守るため気候変動に対するアクションを啓発する一般社団法人)などを支援していますが、シューズの小売りだけでなく、多くの社会活動を支援する理由は何でしょうか。
私たちはアウトドアをなりわいにしているので、きれいな地球を未来に残していく義務があります。
もともとは、創業者である米国人のローリー・ファーストの友人が、サンダルを履いていて爪先(つまさき)にけがをして、それを見たローリーが「爪先を守るサンダルはつくれないだろうか」と疑問を持って開発に乗り出したことからKEENが始まりました。
最初にできたサンダルは「世界一、アグリー(不細工)なサンダル」と周囲に揶揄(やゆ)されましたが、ローリーは「絶対に売れるはずだ、そして、売れたら社会貢献に活かすんだ」と考えていたといいます。
今も株式上場していないので、何かあればすぐに行動ができます。例えば、創業して1年後の2004年、皆でどのように100万ドル(約1億円)のマーケティング費を使うかを話し合っていた時、インドネシアで大勢の方が亡くなるスマトラ沖地震が発生しました。そこで、それらすべての資金を、被災者の支援に充てたのです。
この時から、人道支援、災害被災者支援、環境保護といった取り組みを継続的に行うようになりました。私たちの社会貢献の取り組みは、経営の礎なんです。
それは靴づくりにも活かされていて、「CONSCIOUSLY CREATED:地球と人にやさしいツクリカタ」をキーワードに、地球環境に負荷を与えないシューズづくりをミッションに掲げています。
――これは音楽フェス自体もそうですが、人間が何かを行うと、必ず地球環境に負荷がかかりますし、ゴミも発生します。このことは運営側も参加者もつねに意識する必要がありますよね。そのような中、「地球環境に負荷を与えないシューズづくり」というのは可能なのでしょうか。
おっしゃる通り、何かものづくりをするとき、地球環境に必ず何かしらの負荷はかかってしまいます。今よりももっと「Betterに(よりよく)」するためにはどうしたらいいか? を念頭に、私たちは掲げたミッションの実現に向けて、つねに研究と努力を続けています。
例えば、バージン素材(※未使用または新品の素材)ではなく、リサイクルプラスチックなど、リサイクル素材をなるべく使うようにしたり、シューズの中敷き、「フットベット」と呼びますが、これの防臭加工は通常、「殺生物剤」といった化学物質が使用されることが多いのですが、生物を守るためにもこれを使わず、バイオの力で代替したりしています。
また、家畜の飼料の生産や放牧地を確保するために南米のアマゾンなどで森林伐採が行われたりしますが、森林破壊で生物多様性の減少や気候変動への影響が懸念されているため、こうしたところからは牛や豚などの皮を調達しないようにしたりしています。
皮というのは、なめす過程で、加工に使用した水が黒くなるんですね。きちんと管理がなされていない工場ですと、こうした水をそのまま川に流してしまうところもあり、それが海へと流れてしまいます。そうすると、川や水が汚染されるだけでなく、生態系にも影響を及ぼします。そのため私たちは、環境認証団体から認証を得た工場でつくられたレザーのみを使用しています。
撥水加工もPFAS(ピーファス)フリーです。「PFAS」というのは、5000種もの有機フッ素化合物の総称です。フッ素と炭素が、原子レベルで強く結合しているため、水や油をはじき、熱や薬品に強いという特性があるため、撥水加工もその代表格なんです。フライパンなどの調理器具、あめを包む紙など食品の包装、水や汚れをはじく衣類、洗剤など幅広く利用されています。
一方で、その特性ゆえに、一度、環境の中に流出すると分解されずに長期間、残ってしまいます。1000年残るともいわれ、「永遠の化学物質」と呼ばれています。
これが、地下水や食物連鎖を通して、人や生き物の体内に蓄積されると、発がんリスク含め、数多くの健康被害を引き起こす可能性が指摘されています。今、アメリカなどではPFASの規制強化が進んでいて、日本でも注視されています。
――最近でも、米軍基地付近の水や土壌で、泡消火剤の影響と考えられる高濃度のPFASが検出されたとニュースで報じていました。クラレや東レ、帝人など国内大手の素材や繊維メーカーも、PFASへの対応強化を進めているようです。
その影響は世界中に及んでいて、北極にすむホッキョクグマからも検出されました。工場などで作業されている方々の健康への配慮も必要です。私たちは、サプライチェーンからPFASが排除されているものを調達し、今は「100%PFASフリー」の撥水加工を行っています。
取り扱うTシャツも、食用のカキの殻を繊維にしたものを使用したりしています。なるべく環境に配慮した物を使うようにしています。今年はミントを使用したTシャツも販売予定です。
――PFASフリーはアウトドアブランド全体の流れなのでしょうか。パタゴニアやゴアテックスも力を入れていますね。
ほかのブランドでもPFASフリーを加速しているようです。環境への配慮というのは積み重ねです。そのあたりを意識しながらものづくりをしていくのは、共通意識だと思います。
――フジロックへ協賛する一番の理由は、フジロックが、自然と音楽との共生をめざし、環境に配慮しているという点が大きいでしょうか。
そうですね。もちろん、最大級のロック・フェスという規模や、国内外のミュージシャンのラインアップ、何より、KEENの製品がフジロックと相性がいいということも大事です。でも何より、フジロックのそうしたコンセプトに共感し、私たちのコンセプトとの親和性を感じたことはとても大きいです。
KEENを日本で展開していく上で、音楽フェスというシーンはKEENのシューズが非常に適している場と考え、日本でKEENを広めるために、さまざまなフェスに出店させていただきました。ロックフェスの最高峰でもあるフジロックでの出店は、目標でもありました。
音楽のあるところでKEENは育てていただきました。KEENはその成り立ちから音楽と密接に関わってきたんです。ですので、私たちを育ててくれた音楽に恩返しをしたい。それがフジロックをサポートし続ける理由でもあるんです。