生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。本稿では、書評家の首藤淳哉さんに本書の魅力を寄稿いただいた(ダイヤモンド社書籍編集局)。

「子どもたちにこそ読んでほしい。分厚い本書を読むのは、グレートジャーニーに匹敵するだろう。長い旅を終えた時、きっと世界の見え方が変わる」スゴい本とは?Photo: Adobe Stock

おしゃべりな猫

 2年前、我が家に子猫がやってきた。長野に移住した友人のもとを訪ねた妻が連れ帰ったものだ。猫は森の中で衰弱しているところを保護された。聞けば、別荘族の中にはペットを置き去りにする不届き者がいるらしい。あいにく友人宅は犬が3匹いて飼うことができず、納屋で世話をするうちに離れがたくなった妻が連れ帰る決心をした。

 猫にはそれまでソロ活動を好むイメージがあったが、一緒に暮らすうちに意外と社交的なのだと知った。猫の言葉は鳴き声だけではない。耳やしっぽを動かしたり、目を閉じたりするのも言葉の一種である。そうしたノンバーバルコミュニケーションも含めれば、猫はとても「おしゃべり」だ。多彩な表現方法で家族と意思疎通するのを見ると、猫にも立派に社会性が備わっていることがわかる。

 本書は様々な社会的動物たちの生態を解説した一冊だ。「社会的動物たち」などと書くと、ある一群の動物だけを指しているように思われるかもしれないが、オキアミやバッタから、チンパンジー、ボノボに至るまでここにはあらゆる動物が含まれる。ひとりでは生きられない私たち人間も、もちろん社会的動物である。

 700ページを超える分厚さだが臆することはない。冒頭から興味深いエピソードの連続で、瞬く間に引き込まれるからだ。読みはじめてまず驚いたのは、人間からもっとも遠いオキアミのような無脊椎動物でさえ、孤独を嫌うということである。集団から離れて孤立すると、オキアミの心臓の鼓動は目に見えて速くなるという。これはクジラが近くにいることを察知した時と同様のストレス反応である。

 こうした社会的動物としての基本的特性を押さえつつ、著者はその動物独自の生態も教えてくれる。オキアミでいえば、二酸化炭素を海底まで運ぶ重要な役割を担っている。オキアミは植物プランクトンから炭素を取り込み、糸状の糞として排出する。この糞は少しずつ深い海の底へと沈んでいく。つまり、海面に溶けた大量の炭素を深海へと運ぶ「生物ポンプ」の役割を果たしているのだ。単純な生き物だと思っていたオキアミが、地球温暖化を防ぐ救世主に見えてくる。

動物のイメージが一変する

 このように、本書を読んでいると、動物に対するイメージが一変する瞬間に何度も遭遇する。それはとても新鮮で気持ちのいい体験だ。例えば、ドブネズミ。ネズミはサルモネラ菌や出血熱ウイルス、腺ペスト菌などの病原体も運ぶ迷惑な動物だ。ところが、そんなネズミは驚くべき社会性を持っている。

 雨の日に外に見知らぬ人がずぶ濡れで立っていたら、あなたは家の中に招き入れてあげるだろうか。普通はやらない。だがネズミはこういう時ドアを開け、家の中に招き入れるという。実際にこれは実験によって確かめられている。人間であれば、まるでマザー・テレサのようではないか。毛嫌いしていたネズミに謝りたくなる。

 多くの動物が人間よりも優れたところを持っている。象は仲間が死ぬと悲しんでいるとしか思えない行動をとるという。死とは何かを理解しているのだ。それはつまり、生きているとはどういうことかもわかっているということである。私たちは果たして、生や死というものをどれだけ理解できているだろうか。

 私たち人間が動物から学ぶことはとても多い。この本を読んで初めて「多様性」という言葉の真に意味するところがわかった気がした。ぜひ未来を担う子どもたちにこそ読んでほしい。一冊の本を読むことは旅に似ているが、分厚い本書を読むのは、子どもにとってグレートジャーニーに匹敵するだろう。長い旅を終えた時、きっと世界の見え方が変わるはずだ。

 本の中にふんだんに掲載されている動物のイラストは、日本版オリジナルの工夫だという。それらは「よく見ること」が自然科学の基本だということを教えてくれる。読みやすい日本語訳といい、本書はポピュラー・サイエンスの翻訳本のひとつの理想形を体現している。今後も長く読み継がれること間違いなしの一冊だ。

首藤淳哉(しゅとう・じゅんや)
書評サイトHONZレビュアー
1970年生まれ。大分県出身。ラジオ局で番組制作を担当。「本を読む」ことと「飲み食いする」ことをただひたすら繰り返すという単調な生活を送っている。妻子持ちだが、本の収納などをめぐり年間を通して家庭崩壊の危機に瀕している。太っているのに綱渡りの日々。好きなジャンルはノンフィクション、人文、サイエンス系。

(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです。)