あなたの部下はこの1年、どんな仕事をしていましたか? 最後に一対一で話をしたのはいつでしょうか? 上長と部下が一対一で行う「1on1ミーティング」は今や多くの職場で“当たり前”となりました。ヤフーが実践してきたこの対話手法は、単なる業務報告や評価面談とは異なり、部下の成長を支援し、信頼関係を築くためのものです。本稿では、2017年に発売されて以降、最も売れ続けている1on1の入門書『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』(本間浩輔・著)から一部を抜粋・再編集して、1on1が持つ本当の意味と効果を解説し、成功するためのポイントを探ります。

職場で出世する人だけが知っている「上司がやるべき本当の仕事」とは?Photo: Adobe Stock

「経験」とは「限りある資源」である

 人が育つために「経験はとても大切な要素である」ということを誰もがわかりながら、実際にはいい経験をする機会はどんどん少なくなっています。まるで数に限りがある「資源」のようです。

 このような状況から私は、貴重な経験のことを「経験資源」と呼んでいます。おそらく私の造語ではないかと思うので、少し説明をしたいと思います。

 2000年代初頭、リーダー育成においては「修羅場経験」が重要であるという考え方が一般的でした。

 私が修了した神戸大学のMBAで当時教鞭をとられていた金井壽宏先生の著書『仕事で「一皮むける」』(光文社 2002)は、当時の人事担当者の必読書でした。この本は、関西の超一流企業のトップに対するインタビューから構成されています。この時代に企業のトップであった人は、高度経済成長期の香りが残る1960年代に入社して社会人経験を積んだ人が多いのです。

 この時期、高度経済成長期はほぼ終わっているものの、多くの企業では成長や拡大が続いていました。新しい製品やサービスの開発、海外進出なども盛んで、社員数に対して成長の機会が潤沢にあった。要するに、経験資源が豊富だったのです。

上長の仕事は
「経験資源」の適切な分配

 しかし、景気が衰退した現在では、一部のベンチャー企業などを除いて、成長の機会となるはずの経験資源が枯渇していると感じます。加えて、企業側に失敗を許す余裕がなくなってきている。

 このため、成功確率の高い人にばかり経験資源が集中しています。たとえば、大型の投資案件や、社運をかけるような大プロジェクトは、一部の優秀な人にしか任されないのが現状でしょう。

 こういう時代において部下の成長を促すには、限られた経験資源をどのように割り当てるかが重要です。だからこそ上長は、部下のために「経験資源」を獲りにいかなければならないのです。

 つまり、1on1を通じて部下が得た教訓を次に活かすための経験資源を獲得し、それを適切に提供すること。これこそが上長が果たすもっとも重要な役割であると思います。

 私が在籍していた頃のヤフーの経営幹部の間では、経験資源が共通語になっていて、プロジェクトのメンバーを決めるときに、「Aさんだと安心だけど、経験資源の視点ではBさんかな」などという会話がされていました。

 また、一人ひとりのキャリアについて話し合う場では、「Cさんは、将来執行役員になって活躍してくれそうな存在だから、●●の経験をしてもらおう」という会話もしていました。

 そしてヤフーでは、経験学習のサイクルをまわすことのほかに、1on1によって上長が部下の成長を支援し、「才能と情熱を解き放つ」ことも大切にしていました。

 才能と情熱を解き放つとは、ヤフーの社員が、仕事や仲間からの支援をきっかけにして自らの才能に気づいて、自らの情熱を解き放つような仕事をする会社にしたい、そういう思いを言葉にしたものです。

 孔子が「努力は夢中に勝てない」という言葉を残しましたが、根本にある哲学は共通しています。

『増補改訂版 ヤフーの1on1』では、部下との対話に必要なコミュニケーション技法について体系的かつ実践的に学ぶことができます。

(本稿は、2017年に発売された『ヤフーの1on1』を改訂した『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下の成長させるコミュニケーションの技法』の内容を一部抜粋・編集して作成した記事です。ヤフー株式会社(当時)は現在LINEヤフー株式会社に社名を変更しましたが、本文中では刊行当時の「ヤフー」表記としております)

本間浩輔(ほんま・こうすけ)
・パーソル総合研究所取締役会長
・朝日新聞社取締役(社外)
・環太平洋大学教授 ほか
1968年神奈川県生まれ。早稲田大学卒業後、野村総合研究所に入社。2000年スポーツナビの創業に参画。同社がヤフーに傘下入りしたあと、人事担当執行役員、取締役常務執行役員(コーポレート管掌)、Zホールディングス執行役員、Zホールディングスシニアアドバイザーを経て、2024年4月に独立。企業の人材育成や1on1の導入指導に携わる。立教大学大学院経営学専攻リーダーシップ開発コース客員教授、公益財団法人スポーツヒューマンキャピタル代表理事。神戸大学MBA、筑波大学大学院教育学専修(カウンセリング専攻)、同大学院体育学研究科(体育方法学)修了。著書に『1on1ミーティング 「対話の質」が組織の強さを決める』(吉澤幸太氏との共著、ダイヤモンド社)、『会社の中はジレンマだらけ 現場マネジャー「決断」のトレーニング』(中原淳・立教大学教授との共著、光文社新書)、『残業の9割はいらない ヤフーが実践する幸せな働き方』(光文社新書)がある。