人が生きる上での
支えとしての犬

――世界からの救援者の中で最も驚かされるのが、イギリスの元軍人トムです。犬や猫を救うことで人間も救われる、ということがあるのですね。

 トムは代々続く軍人の家庭で育ち、イギリス軍に入って世界を転戦しました。アフガニスタンやイラクで相当に痛い思いをして、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまい、帰国後は自分の部屋から出られなくなってしまいます。自死寸前の深刻な状態で精神医療を受けたけど治りませんでした。

 そんな状態から回復したきっかけが、一匹の犬の世話だったのです。その犬との交流を通して回復していった。「自分の命が今あるのは、あの一匹のおかげなんだ。だから残りの人生を犬の救助にかけているんだ」と私たちに話してくれました。深淵を見た人ほどそうなるということは、それまでの私の取材経験からわかります。

――映画では、彼がウクライナの他に、パレスチナのガザ地区でも活動していることが出てきます。さらに、ご自身の経験から、戦争で負傷した兵士に向けたドッグセラピーを開設されています。

 アメリカの刑務所では、再犯防止のためにアニマルセラピーを受刑者に施すところもあります。実際、それにより再犯率が下がるという調査結果があるそうです。小児医療でも不治の病で入院している子供のそばに小動物を置く病院があります。ギリギリの状態にある人の心を救う力が、小動物にはあるのですよ。

映画『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』、山田あかね監督インタビュー。なぜ戦地で犬や猫を助けるのか。なぜその映画を撮ったのか。(c)『犬と戦争』製作委員会

 人類は、約1万5000年前から犬と一緒に暮らし始めたと言われています。世界中のあらゆる場所で、国家・宗教になくほぼ同じ時代に、犬と暮らし始めた。馬や牛の場合、食べるためや移動のためという目的があるけど、犬にはそうした役割がないにもかかわらずです。なぜなのか。

 北海道の旭山動物園の元園長・小菅正夫さんは「人類は身近に犬がいたことで、自然とのつながりを保ち、精神的破綻を起こさずにすんだ」と言っています。近くに小動物がいなかったら、人類はとっくに精神的破綻によって絶滅していたのではないかと。

 私もそう思うんです。人間が大変な時に、生きる支えになる存在としての犬が近くにいることがどれほど人を救うのかと。今回の戦争も同じなんだと思いました。