東京大学がマッチング理論で、企業や自治体の制度設計を支援【小島武仁・東京大学大学院教授&山本康正・京都大学大学院客員教授 対談<前編>】山本康正・京都大学大学院客員教授(左)と小島武仁・東京大学大学院教授(右)

経済学やコンピュータサイエンスを活用し、より良い仕組みを社会実装する東京大学の研究所が、企業や自治体に共同研究への参画を求めている。シスメックスの人事制度や東京都多摩市の保育園割り振りの改善、ビズリーチの転職アプリでの新サービスの効果検証などの実績があるマッチング理論の実証研究を拡大するものだ。その詳細について東大教授の小島氏に京大客員教授の山本氏が聞いていく対談連載の前編(構成/ダイヤモンド社論説委員 大坪 亮、撮影/嶺 竜一)

シスメックスやブリヂストンで
マッチング理論が奏功

山本 小島さんがセンター長を務めるUTMDとは、どのような組織ですか。

小島 The University of Tokyo Market Design Center(東京大学マーケットデザインセンター)の略で、東京大学内にある研究センターです。

 建て付けは研究センターですが、いわゆる象牙の塔にこもらないで、特に「マーケットデザイン」という研究知見を「社会に実装する」ことに注力する組織になっています。

 マーケットデザインは、経済学やコンピュータサイエンスなどのコラボレーションにより、社会にとって良い仕組みを理論的に見つけるとともに、それを社会に実装して、人々の幸せの実現に寄与しようとする実学です。

 当センターでは、基礎研究を行い、その知見を社会実装につなげ、実社会からのフィードバックを得て、さらに基礎研究を深めるという循環した形のプロジェクトを展開しています。

東京大学がマッチング理論で、企業や自治体の制度設計を支援【小島武仁・東京大学大学院教授&山本康正・京都大学大学院客員教授 対談<前編>】小島武仁(こじま・ふひと)
東京大学経済学部教授。東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長。経済学者。1979年生まれ。2003年東京大学卒業(経済学部総代)、2008年ハーバード大学経済学部博士。イェール大学(博士研究員)、スタンフォード大学(助教授、准教授、教授)などを経て2020年より東京大学経済学部教授。専門分野は人と人や人とモノ・サービスを適材適所に引き合わせる方法を考える「マッチング理論」と、それを応用して社会制度の設計や実装につなげる「マーケットデザイン」。日本の研修医マッチング制度や待機児童問題を改善する具体的な方法の発明などで知られる。多くのトップ国際学術誌に論文を発表し、受賞多数。最新刊に『マッチング理論とマーケットデザイン』(河田陽向との共著、日本評論社)がある。

山本 社会実装はどのような分野で進められているのですか。

小島 企業内人事制度の支援や、自治体の保育園制度の改革、コロナワクチン配布に関する自治体へのアドバイスなどを、2020年のセンター設立から4年ほどの間に実施しています。

 また、転職やスポットワークを始めとしたマッチングプラットフォームに関する共同研究を現在進めています。

 事例をお話したほうがわかりやすいと思いますので、情報公開を許可してもらっている企業の人事制度の支援を紹介します。

 1社は上場企業のシスメックスで、私たちが開発した「マッチングアルゴリズム」を導入して、新入社員の配属を効果的なものにしました。
 
山本 どのようなことをされたのでしょうか。

小島 新入社員と受け入れ部署の双方の配属希望を反映する仕組みを設計し、導入してもらいました。手順は図の通りです。

 ステップ1では、新入社員と受け入れ部署の相互理解を深めます。各部署は業務内容を新入社員にプレゼンします。新入社員も自己PRのプレゼンを部署に対して行います。双方がそれらをよく聞いて、新入社員は各部署のことを、部署は各社員のことを理解します。

 ステップ2では、新入社員は配属されたい部署を自分の希望順にシステムに記入する一方、各部署も新入社員を受け入れたい順にシステムに入力します。

 ステップ3で、それらの情報を、私たちが開発したFDA( Flexible Deferred Acceptance)アルゴリズムに入力すると、社員と部署が組み合わさった「配属先決定」結果が出力されます。

 全社的な配属バランスを保ちながら、配属に対する社員と部署の希望を最大限に尊重した配属の組み合わせになっています。

山本 シンプルな仕組みで驚きます。この仕組みで使われたアルゴリズムは、科学的理論に基づいているのですね。

小島 はい。このFDAアルゴリズムは、鎌田雄一郎カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院教授と私とで開発しました。学会で論文発表しています*。

 この制度設計で実施した配属後、アンケート調査しています。例えば、新入社員に対しての「このジョブマッチングを通じて、自身のキャリアを考えることができたか」という問いでは、「非常にできた」39%、「できた」34%、「どちらでもない」22%、「あまりできなかった」5%という回答結果でした。

 部署への調査では、「配属希望人材を選ぶ際に、育成計画や受け入れ体制などを検討したか」という問いに対して、「はい」76%、「いいえ」24%という回答を得ました。

 そして、配属後半年経過した時点で、「異動を希望しない」と回答した社員は、前年度に比べて65%も増加しました。これらの結果は、シスメックスには好評を得ています。

 マッチングアルゴリズムを用いた新入社員配属は、もう1社、ブリヂストンでも実施していて、相互理解の向上や工数の削減といった効果を得ています。

*Kamada, Yuichiro, and Fuhito Kojima. “Efficient Matching under Distributional Constraints: Theory and Applications.” American Economic Review 105.1(2015): 67–99