営業がバイヤーと交渉をする際、バイヤーからさまざまな「要求」が寄せられることがあります。その背景にある「ビジネス環境からくる潜在的なニーズや課題」を理解することは、バイヤーとの理性的な対話を可能にし、成約率を向上することにつながります。
一方、感情面での理解も重要です。バイヤーの深層心理にはメカニズムがあり、その理解は、単発の商談のみならず、長期的にバイヤーとの関係を密にし、商談の成功率を高めていくことにつながると考えています。
バイヤーの心理、バイヤーの態度・行動変容のヒントについては、社会心理学や行動経済学の理論が参考になります。『営業戦略大全 世界レベルの利益体質をつくる科学的ノウハウ』宮下建治(ダイヤモンド社)から抜粋して解説します。

【返報性理論】営業マンがためるべき「貯金」の種類とは?Photo: Adobe Stock

「信用貯金」を高めよ

「返報性理論」とは人は他者から受けた恩恵に対して、何らかの形で恩返しをしようとする心理的傾向を指す、社会心理学における理論です。

 返報性理論の商売における意義は、単に商取引を行うだけでなく、顧客との長期的な関係性を築くことにあります。

 受けた恩恵やサービスに対して、バイヤーやキーパーソンに、何らかの形で返したいと感じていただく。そうすることで、ロイヤリティや信頼感を高め、リピート購入や紹介、良好なビジネス関係構築につながる可能性がある、ということです。社内の協力獲得にも効果的です。

 ただ、注意点としては、近江商人の「利他の精神」や、禅の「無功徳の精神」のように、顧客のために尽くす態度こそが大切で、自己顕示や見返りを期待してはいけないということです。誰かのために良かれと思って行ったことが、気づかないうちにいいことにつながる。そうした意識が重要。「Give & Take」ではなく、「Give & Given」の心構えが大切ではないかと思います。

 営業幹部や「営業企画」部門にできることは、例えばサンプリング、ラウンダー、商品同梱什器など、営業が小売業に「Give」できる機会とツールを提供することです。現場を支援する仕組み作りが大切になります。

 営業時代、私が心がけていたのは、得意先のバイヤーやキーパーソンに、個人として、また自分が会社の代表(営業)として、「信用貯金残高」を高めることができているか、でした。

 その大切さを初めて学ぶことになったのは、新人営業マン時代に受けたトレーニングで観た映画『てんびんの詩』でした。

 近江商人の家に生まれた少年・近藤大作が、小学校卒業後、父から鍋蓋を売るように命じられ、行商を通じて商いの心を学び、成長する物語です。

 最初は当たり前に買ってもらえると思っていましたが、簡単には買ってもらえない。やがて、少しでも何かの役に立とうと得意先の洗い物を手伝ったりしているうちに人間関係ができ、売れるようになっていきます。

 相手の立場を考え、相手に寄り添い、困っていることに応える。そんな誠実に商売することの大切さを理解し、やがて成功を収めていきます。

 得意先にいかに無償の奉仕ができるか。これぞ営業の基本だ、と当時の先輩たちにも言われました。

 実際のビジネスで、この返報性の心理が最も強く表れたと実感したのが、得意先のお客様に対する「ショッパーリサーチ」と「POS分析」の提供でした。本来であれば、これはバイヤーの仕事です。しかし、バイヤーにできることには限りがある。そこで、肩代わりして、情報提供したのです。

 得意先の課題解決に貢献する姿勢に対して、バイヤーからは「協働と売上」という見返りをもらうことができたのだと思っています。

※当記事は『営業戦略大全 世界レベルの利益体質をつくる科学的ノウハウ』宮下建治(ダイヤモンド社)からの抜粋です。