え、こんなに!?年収650〜770万円世帯の「医療費アップ」がエゲツない…『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第163回は、医療費の自己負担抑制に役立ってきた「高額療養費制度」の改悪を徹底批判する。

年収1650万円以上だと自己負担は最大44万円

 重粒子線によるがん治療について話し合ううち、主人公・財前孝史と「ホリエモン」たちの議論は高額療養費制度に及ぶ。一人ひとりの治療費負担は小さいけれど、税金で穴埋めするため、国民負担は結局高くつくという意見が出る。

 高額療養費制度の「改悪」が決まった。月々の医療費の自己負担に上限をもうける仕組みは「民間の医療保険はほぼ不要」というマネープランの定石の前提となってきた。

 だが、2025年8月から27年8月にかけて段階的に負担上限額が大幅に上がる。たとえば年収約650万円から約770万円の世帯では、1カ月の上限医療費が約14万円と現状より約6万円高くなる。引き上げ率は実に73%に上る。

 今回の見直しで私が目を疑ったのは、年収区分の細分化によって約1410万円以上の世帯を「狙い撃ち」したこと。年収1650万円以上の世帯は月額上限が44万円強と8割近く跳ね上がる。

「それだけ年収があれば何とかなるのでは」と思うかもしれない。だが、フローの年収が多くても、多子家庭なら貯蓄が十分とは限らない。大病を患って、その後も高収入をキープできるかは不透明なケースが多いだろう。

 多額の医療費で貯蓄を吐き出した後に年収が激減すればダメージはさらに膨らむ。リスク軽減のため、民間保険での備えを検討せざるを得ない人が増えるだろう。

 高所得者の負担大幅増は「ガス抜き」が目的ではないか。年収1650万円以上の世帯は全世帯の1%にも満たないと見られ、限度額引き上げによる国費の抑制効果は大した額にはならないはずだ。

「本丸」の平均的な世帯の負担増の不満を和らげるため、「高収入世帯の負担はもっと重い」といけにえを差し出す。増税などでもよくとられる分断を煽る手法だ。

社会保険料の「軽減効果」はこれっぽっち

漫画インベスターZ 19巻P51『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 今回の見直しは3つの面から改悪と言える。

 まず保険料負担の軽減効果が1人当たり年数千円と小さいこと。この程度の負担減のために大幅に負担を増やす合理性があるとは思えない。

 ふたつ目のポイントは、公的保険の重要な役割の放棄だ。同様の制度は海外で「壊滅的医療保険(Catastrophic health insurance)」などと呼ばれる。

 日本語ではマイルドな表現になっているが、その名が示す通り、個人では備えきれない壊滅的な疾病リスクをカバーするのが本来の役割だ。セーフティネットが弱くなれば、医療費で破産に追い込まれる、あるいは経済的に備えが難しい人が適切な医療にアクセスできない事態を生みかねない。

 最後に、医療費抑制にはほかにやるべきことがある。対象者の多い通常医療のコスト削減や高齢者の窓口負担引き上げ、予防医療・健康寿命伸長の活動の方が保険料・医療費負担抑制の効果は高いはずだ。公的保険が本来の機能を発揮すべき分野を先に削るのは優先順位を間違えている。

 今回の改悪によって医療費のリスクは一気に上がる。私自身、自衛のために民間保険の手当てを考えている。

 若い世代にとっては、年収をあまり上げないこと、「世帯」とくくられないよう事実婚を選ぶこと、自分自身の万が一を考えて子どもの数を抑えること、などが「リスク管理」の賢明な選択になるかもしれない。その結果、少子高齢化が進めば、さらに財政の悪化に拍車がかかるだろう。本末転倒とはこのことだろう。

 外資系金融あたりのロビー活動の成果かもしれないが、部分最適が逆効果を生む「壊滅的」な愚策だ。

漫画インベスターZ 19巻P52『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 19巻P53『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク