難易度の高い点滴も
失敗したことがない

 大部屋の患者は回転が速く、入院してすぐに退院していく。一方で、個室の患者はいつ退院するとも知れなかった。

 混合病棟なので、担当の医師は、外科だったり内科だったり、眼科だったりする。でも医師たちは、研修医を除いてあまり病棟に現れない。軽症の患者は自然と退院していくし、長期の入院患者は医療的にあまりやることがなかったからだ。

 千里は、まず先輩の看護師から物品の置き場所や、点滴のポンプなどの使い方を教わった。どこに何が置いてあるかを知らないと話にならない。ほとんど医師が常駐していないので、千里たちは先輩看護師の手伝いから仕事を始めた。

「○○さんの清拭(編集部注/入浴ができない患者の身体を、タオルなどで拭いて清潔にすること)、やって来て」

「○○さん、オムツ交換。千里さん、できるでしょ?」

 患者のケアは学生実習で基本をやっている。千里は先輩の手足となって働いた。そのうち、仕事の内容が少しグレードアップした。採血と点滴である。だが、これも千里は学生時代に経験を十分に積んでいた。

 採血と点滴は似てはいるものの、難易度がまったく異なる。採血は血管に針が入りさえすれば、血液を採取できる。一方点滴は、留置針を血管の中に留とどめておかないといけない。留置針にはそれなりの長さがあるため、曲がった血管に入れるのは難しい。だからストレートな血管を見つける眼力も大事である。

 そして点滴には患者の体に点滴液を入れるだけではなく、点滴のラインの途中から抗生物質などの薬剤を入れるという役目もある。留置針を血管の中に確実に入れておかないと、薬液が血管外に漏れて炎症を作る。点滴を入れて薬を注入することは、看護師にとって大事な仕事である。

 千里は採血も点滴も上手だった。これは学生の頃からである。新人は往々にしてお手上げになると先輩に助けを求めるが、千里はそうしたことが1回もなかった。理由は自分でも分からない。とにかく失敗したことがなかった。

初任給は現金で手渡し
手取りで16万円

 ナースコールは新人3人の争奪戦である。先輩からは「とにかく、ナースコールにはすぐ出なさい」ときつく言われていた。だから、ナースステーションに3人が一緒にいるときは、コールが鳴ると飛びつくようにボタンを押して「どうしましたか?」と声をかけた。