千里は準夜勤が好きになれなかった。夕方に病棟に出勤すると、日勤の看護師との間で引き継ぎになる。看護師たちは今から帰れるので、どことなくウキウキしている。千里は、これから仕事かと思うと気分が滅入った。
また千里は準夜勤のとき、出勤する前に仮眠をとろうと布団にもぐって目をつぶるのだが、どうしても眠ることができなかった。そうしているうちに病院へ行く時刻になると本当にテンションが下がるのだった。
でも深夜勤は逆である。日勤の看護師たちと引き継ぎをするとき、みんなは冴えない表情をしている。千里は、朝5時から病棟を回り、ほとんど眠っている患者から次々と採血をした。だから、一仕事を済ませて少しハイな気持ちになっている。みんなのかったるそうな顔を見て、これから帰れると思うと、ウキウキするのだった。
体液が漏れてくる「穴」に
詰め物をしていく
では、夜勤は千里にとってつらい仕事だったのか、そうでなかったのか。答えは、ありがたい仕事だった。なぜなら日勤は3日も続けると激しく疲労が蓄積するからである。日勤を4日やってくれと言われると、もうギブアップという感じだった。夜勤は仕事量がぐっと減るので体力回復に役立った。それに夜勤手当の金額はかなり大きい。月の手取りが2万円から3万円増える。
1年目の冬。千里は初めて患者の死に立ち会った。その日は、準夜勤だった。千里が親しくしていた70歳過ぎのおばあちゃんは、日勤帯までは元気だった。ところが夜に急変した。リーダーが千里に医師を呼ぶように言った。担当医が駆けつけたときには、事切れていた。長い闘病だったから仕方がないことだ。
病室におばあちゃんの2人の娘と1人の息子が駆けつけた。その3人を背にして、千里は初めて死後の処置をすることになった。亡くなった人は「穴」から体液が漏れてくる。すべての「穴」に詰め物をしていく。娘さんから渡された着物をおばあちゃんに着せて、死化粧を施す。
そのおばあちゃんは千里のことをものすごく可愛がってくれていた。重症だから個室にいるはずなのに、千里が部屋へ行くといつもニコニコと笑顔で出迎えてくれた。