
患者として以外、一般人は入ることがない手術室。そこではどのようなことが起きているのだろうか。手術室でのエピソードを小児外科医の松永正訓氏が紹介する。新人ナース・千里が一人前になるまでをリアルに描いたドキュメンタリーから病院の舞台裏を見てみよう。本稿は、松永正訓『看護師の正体 医師に怒り、患者に尽くし、同僚と張り合う』(中央公論新社)の一部を抜粋・編集したものです。
鎮静剤を打たれた看護師は
病院内の暴露話を始めた
1997年(平成9年)の4月、千里は23歳で、海が見える病院のオペ室勤務になった。
手術室は古く、狭く、看護師は多く、手術件数は少なく、先輩は怖く、千里の希望と期待はどんどん萎んでいくのであった。
大型連休が終わり、ちょっとした「事件」が続いた。最初は、オペ室ではない、病棟勤務の大先輩の看護師が緊急搬送されてきた。ベテランのちょっと手前で、将来は師長になるのは間違いなしと院内でも評判の人である。キリリとしてカッコよく、バリバリに仕事ができるナースだ。千里の憧れの先輩である。その彼女が、自動車事故を起こして病院に運ばれてきたのである。
千里は事故の詳しい状況は聞いていない。だけど、先輩看護師は脚にひどい裂傷を負っていた。麻酔科医と整形外科医が手術室に駆けつけ、縫合手術が行われることになった。
局所麻酔でやるには傷が大きすぎる。でも全身麻酔をかけるほどでもない。そこで麻酔科医は点滴から鎮静剤を打って、意識が朦朧とした状態、あるいはやや眠った状態で手術に入ることにした。
鎮静剤XX(あえて名前は伏せる)を打つと、先輩看護師はとろんとした表情になった。整形外科の医師が局所麻酔を脚に注射し、これから手術という段取りとなった。そのときである。
「いやっーほーーー!」
突然先輩が叫び出した。千里は(何これ~?)と心の中で悲鳴をあげた。続けて先輩は脚を縫合されながら、あれやこれやをベラベラベラ喋りまくる。麻酔科医が眉をひそめた。
「XXを注射すると、こうなっちゃう人がたまにいるんですよね」
先輩は呂律の回らぬ喋り方で、気に入らない先輩看護師や師長の悪口を言い始めた。ふだんはあんなに尊敬しているような態度なのに。そしていつしか、どの医師とどの看護師がこっそり付き合っているかとかの暴露話になっていった。
(ええー!憧れの先輩がこんなことを言うの?)
千里の胸の中のハートが一気に萎む。なお、手術は無事に終了した。