
現役の医師が1人のナース(千里)にスポットを当て、病院のリアルな舞台裏を紹介する。短い手術は30分で終わるが、中には24時間かかる手術もある。その過酷すぎる手術とは。本稿は、松永正訓『看護師の正体 医師に怒り、患者に尽くし、同僚と張り合う』(中央公論新社)の一部を抜粋・編集したものです。
手術件数が多いのは
眼科の白内障手術
オペ室で最も賑わっていたのは、ある意味で眼科だった。白内障の手術が多く、どこにこんなにたくさんの患者がいるのかと千里は驚いた。午前に4件、午後に4件、1日に8件の手術があった。これが週に2回である。
手術が終われば、ストレッチャーで患者をオペ室の出入り口まで運び、入れ替わりに次の患者が乗ったストレッチャーを中に入れるという流れだ。次から次へという感じで、千里は(これなら外科の胃切除の長い手術1件の方がいいな)と、眼科の手術を敬遠気味に見ていた。
器械出し(編集部注/器械出し看護師とは、手術がスムーズに進むよう、手術に必要な器械の準備や医師への手渡しなどを行う役職)も外回り(編集部注/外回り看護師とは、手術室における器械出し以外の業務を担当し、手術の進行をサポートする役職)もてんやわんやになり、口の悪い看護師は「お祭り手術」と呼んでいた。
千里が驚いたのは、眼科の麻酔のかけ方である。麻酔は麻酔科医ではなく、眼科の先生が自分でやった。今の時代なら、白内障の手術は点眼薬の麻酔だろう。だが、この頃は、球後麻酔という方法を使っていた。
先生が手にした注射器には、フック状に湾曲した針が付いていた。
(え、こんなの見たことない)
千里は自治医大でも球後麻酔を見た経験がなかった。先生は、患者の上まぶたのところに針をブスッと刺し、目ん玉の湾曲に沿ってぐるりと針を進める。針の先端が目玉の後ろに進んだところで、注射筒を押して局所麻酔薬を撒く。
(えぐ!)
千里はそれを見て、将来自分が白内障になってもこの手術だけはイヤだと思った。
手術は流れに乗ってスムーズに進む。角膜を切開して濁った水晶体を取り出す。べろりんと出てくる水晶体は、まるで白い肝油ドロップのようだ。その次は、レンズを入れればいい。レンズには固定用の「ヒゲ」みたいな突起が2本付いているので、中に入れればそのまま固定される。30分もあれば手術は終了だ。