患者さんから「○○してほしい」と言われれば、ダッシュで病室に走った。最初は先輩の指示で動いていたが、慣れるにしたがって自分の判断で動くようになっていた。患者から直接、ベッドの上半分を上げて(これをギャッジアップという)、体の向きを変えてほしいなどと頼まれれば、先輩の指示なしでケアをする。

 点滴のボトルを揃えること、点滴のラインを作ること、薬剤を注射器に吸ってトレイに並べること。医師から出された指示箋にしたがって自分で用意することができるようになった。先輩に、

「○○号室、点滴に行ってきまーす」

 と声をかけて1人で病室に行くようになっていた。

 検温(患者の体温や血圧・脈拍を測定する)は、最初こそ先輩が一緒だったが、すぐに1人で患者のもとへ行くようになった。

 勤務が始まって最初の半年は、日勤だけだった。初任給は振り込みではなく現金で手渡された。手取りで16万円ほどだった。まだ夜勤をしていないので、安い金額になるのはやむを得ない。

 千里はそのお金を大切に貯金した。同級生は週末に旅行に行ったりしていたが、千里はお金を大事にしたかった。母1人子1人で貧しく育った千里はお金の大切さが骨身に染みて分かっていた。

準夜勤は気が滅入るが
深夜勤は気分ウキウキ

 看護師の仕事は三交代制である。

 日勤  8時30分~16時30分

 準夜勤 16時30分~24時30分

 深夜勤 24時30分~8時30分

 勤務が始まって半年すると、千里たちも夜勤帯に組み込まれた。日勤は大勢の看護師と一緒に働くが、夜勤は3人のみである。3人のうち1人がリーダーを務める。千里も新人でありながら時おりリーダーを任された。

 たった3人で夜勤を務めるとはどんなに大変なのかと、みなさんは思うだろう。だが、ぶっちゃけて言えば、夜勤でやる仕事はほとんどない。準夜勤でする仕事は、夕食の食事介助くらいである。21時には消灯なので、患者は眠ってしまう。

 深夜勤も同様だった。2時と4時にリーダー巡回があり、必要な患者に体位交換をしていくが、それ以外にやることはほとんどない。もちろん、ナースコールが鳴ることもない。ただ、初めてリーダーになった千里には全部の患者の看護記録を記入する仕事が加わった。

 では、ヒマな夜勤の間に看護師たちは何をしているのだろうか。それはお喋りである。ナースステーションで看護師たちは世間話で時間をつぶしていた。