また、子宮摘出の手術をしたあとの患者の中にはしつこい腰痛を訴える者がいた。そういう患者に梅安先生は、硬膜外ブロックをしていた。患者の腰にスッと針を刺す。脊髄神経に向かって針を進めて、硬膜外スペースに針が入る瞬間、プチッと音がする。すると梅安先生は千里の方を振り返り、

「ね、決まったね。いま、音がしたでしょ?」

 とニッコリ笑うのだった。

 千里はこのあと、新病院で数えきれないほどたくさんの硬膜外麻酔を見ることになるが、硬膜外スペースに針が入る瞬間に音がするのは、梅安先生だけだった。

 千里の仕事は単調と言えば単調である。でも、ここに来なければペインクリニックを見ることができなかった。知らない世界を覗くことができて千里は満足だった。

 そして、なぜ梅安先生が気難しいと言われるのか、さっぱり分からなかった。やるべきことをちゃんとやって、笑顔で元気に「ハイ!」と返事をすれば、それを嫌がる医者などいない。ここに来てよかった。

 ペインクリニックでの勤務は3カ月続き、夏になって新病院がようやく完成した。こことも、もうお別れである。梅安先生にお礼を言って、千里は新病院へ移行する準備を始めた。