「飴!」と小さく叫ぶ先生
飴を先生の口に運ぶ看護師
頭を開けるまではスピーディーで、器械出しとしてやることが多く、サクサクと進み、まあ、ここまでは楽しい。しかし顕微鏡がセットアップされると、時間が止まる。先生は、慎重に慎重にゆっくりとゆっくりと、脳をかき分けていく。神経細胞の集まりだから傷をつけてはいけない。千里はモニターに目をやり、手術の様子を見るのだが、正直なところ何をやっているのかよく分からない。
ヘラと綿で脳を押さえて、奥へ入っていく。腫瘍に到達したら、周りの脳組織に触れないようにマイクロ剪刀とかマイクロ電気メスを使って、ちょっとずつ切り込んでいく。その歩みが実に遅い。
気がつけばお昼。千里は昼休憩のためいったん手を下ろす。ラウンジで弁当を食べて、またオペに戻る。モニターを見ると術野(編集部注/手術の際に目に見える部分、手術が行われる無菌領域のこと)が何も変わっていない。ジリジリ、ジリジリ、ちょっとずつ進む。
外科の先生は手術中にドリカムやサザンオールスターズなどのJ-POPの音楽を鳴らすが、脳外科の先生は音楽は好きではないようである。まったく無音の中でジリジリ、ジリジリ、ちょっとずつ進む。
夕方になる。ほかの看護師たちは帰る時刻である。師長と何人かの看護師が顔を出す。
「千里さん、代わりますから、ちょっと休んで」
千里はふたたび手を下ろし、ラウンジに行き、カップラーメンとカロリーメイトを食べる。一息入れて手術室に戻り、モニターを見る。何も変わっていない。
「じゃあ、がんばってねー」
声をかけて、みんなが去っていく。
夜になると、先生が「飴!」と小さく叫ぶ。外回りの看護師は飴を手にし、先生のマスクの中に手を入れ、飴を食べさせてあげる。低血糖の予防である。
24時間手術のあとに回診と診療
脳外科医はハード
深夜になり、「よし、CUSAを使おう」と先生が言う。腫瘍を超音波外科吸引装置のCUSAで削り取るのである。外回りの看護師はCUSAをセットアップする。このときに看護師に付き合ってくれるのがCUSAを納入している業者さんだ。もしCUSAに不備があったら対応しなくてはならない。そのため業者さんも朝からずっとオペ室内にいるのである。