小児外科の手術も短い。ベテランの先生が、1人で小児外科をやっていた。年間の手術数は150件くらいで、その大半が鼠径ヘルニア(脱腸)だった。小児外科の手術では、器械出しの看護師が先生の助手を務める。先生の正面の位置に立って(これを前立ちという)、先生を手伝う。そうすると器械出しはいなくなるので、先生は器械台に並べられた器械を自分で取る。
千里は小児外科の器械出しにつくことが、ほかの看護師よりもなぜか多かった。最初は、手術の傷が小さくて何がなんだかよく分からなかった。剥離が奥へ奥へと進むと、先生は白いヘルニアの袋をつまみ出して、根本で縛った。それが魔法のように見えた。一体どこからヘルニアの袋が突如として出てくるの?
しかし何度も前立ちを務めているうちに、鼠径ヘルニアの解剖が分かってきた。
皮膚を切ると、次には白く薄い筋膜が出てくる。その筋膜を切開すると、次には少し頑丈そうな腱膜が出てくる。それを切開すると、精索と呼ばれる精管と血管の束が出てくる。その中にヘルニアの袋が隠れているのである。
千里は、先生が一層を切開するごとに鉤をかけて傷をグイッと広げる。先生がサッと切る。千里がグイッと広げる。サッとグイッ、サッとグイッで、千里はまるで小児外科の一員のようになっていた。
(私って器械出しナース?それとも外科医?)
息もぴったりの2人であった。
整形外科の手術は力仕事
ハチマキ巻いてハンマー持って
短い手術といえばもう1つある。産科の帝王切開である。お腹をザーッと切って、子宮をズバッと開き、お腹をギューギュー押して赤ちゃんを取り出す。ものすごいスピードだ。
千里は帝王切開を見て、生命の神秘を感じ、赤ちゃんの可愛らしさに感動し……ということはまったくなかった。そんなヒマはないのである。赤ちゃんは、生まれるとすぐに助産師さんに運ばれていく。千里は赤ちゃんの顔をまともに見たことがなかった。その代わり、「はい、胎盤出たよー」と先生から胎盤を渡され、重量を計測するのであった。
大掛かりの割にはそれほど長時間にならないのが、整形外科である。人工骨頭の置換手術(股関節のもろくなった骨を人工のものに換える)がけっこう多かった。整形外科の手術はハンマーを使ったり、ノミを使ったりする。はっきり言って、力作業である。
先生たちは額にハチマキを巻いて手術に臨んだ。大汗をかくからである。そのため、手術室の温度は16℃に設定されていた。千里は寒くてしかたなかった。