若かった頃に何をやりたかったか
思い出してみよう

 その後、『イギリスはおいしい』という本が予期せぬベストセラーとなり、そこから、さらに縁あって東京藝術大学音楽学部の助教授に任官するというまたとない幸運を得て、いよいよ声楽を学ぶ絶好の機会が巡ってきました。藝術大学に行けば、一流の専門家に声楽を教えてもらうことができます。

 最初は、授業が終わった後の時間に、研究室の副手であったソプラノ歌手洪純玉さんに基礎を教えてもらうところからレッスンをスタートしました。藝大にはどの教室にもピアノが置いてあるので、空き教室を見つけては先生にピアノを弾いてもらいながら稽古していたのを思い出します。

 やがてテノールの勝又晃さんや、バリトンの田代和久さんに師事して、発声の基礎から、本格的なレッスンを受けるようになり、声楽が私の人生に欠かせない趣味となったのです。

 この経験から得られる教訓は、「過去の経験のなかに今の趣味につながるヒントがある」ということです。そうやって、声楽を勉強するようになって、はや30年にもなりますが、やはり自分はつくづく声楽的に「歌う」ことが好きなんだなあという自覚があります。それはきっと母からの遺伝でもあり、母が若かった頃にやりたかった声楽を、いま世代を超えて私が実践している、という面もありそうに思います。

 こんなふうに、若かった頃に自分が何をやってみたかったのか……それを思い出してみて、その頃実現しなかった練習やレッスンに、いま一度立ち向かってみるというのが、よりよい趣味をみつけるための近道のように思われるのです。