新刊『ファイナンス学者の思考法 どこまで理屈で仕事ができるか?』は、ものごとを深く本質的に考えたい人に贈る、科学とビジネスをユニークな形でつないだ知的エッセイ。投資銀行と米系コンサルを経て大学教授へと転身した異色の経歴を持つ宮川壽夫氏が、話題書『新解釈 コーポレートファイナンス理論 「企業価値を拡大すべき」って本当ですか?』に続いて世の中に問いかける第二弾です。
ファイナンス理論をモチーフに「科学的な思考プロセス」をいかにしてビジネスの現場に活かすか、その方法と限界について軽妙な語り口でやさしく説きます。風を読みながら適応する「セール(帆)の理論」と、風の方向にかかわらず根本的に考えて進む「オール(櫂)の理論」、本書で展開されるこの新たなメタファーを通じて科学の思考を学べば、明日からきっと仕事へのアプローチが変わります。今回は、ビジネスマン時代の経験から、仕事が「デキる人」とはどのような人なのかを考えます。

仕事 デキる 社会人 ファイナンス 思考法Photo: Adobe Stock

仕事がデキる人よりデキそうに見える人

 投資銀行やコンサルティングファームで長く過ごしたことの役得はなんと言っても多くの企業を訪問し、多くの人と話ができることです。しかも、相手は日本を代表する一流企業の経営者やそこで働くエリート社員の方々ですから毎日が勉強でした。研究者となった今も企業を訪問する機会はありますが、なにしろ当時は数が違いますし、お金をいただいた上でのビジネス関係の人脈ですから付き合いの深さも大学の研究者とはまた大きく異なるところがあります。

 企業によっては出てくる社員、出てくる社員、次から次へと仕事がデキそうな人ばかりという企業もありますし、そうでもない企業もあります。ただし、「仕事がデキる」とか「デキない」というのははなはだ主観的な問題であって、業界によっても定義は違うし、そもそも実際に仕事をやってみないとデキるかどうかなんてわかりません。大事なことは「デキそうに見える」ことです。これももちろん主観に過ぎませんが、ただし「デキそうに見える」と仕事が向こうからやって来ますから少なくとも経験値を積むことができます。そのうち本当に仕事がデキるようになるという段取りです。

 しかし、私から見て「デキそうに見える人」と「そうではない人」の差は実のところほんのわずかです。このことは学術論文にも通じるところがあります。他人の論文を読んだり、学会発表を聞いたりしているうちに、自分がビジネスにいたころの経験と重ね合わせてデキそうに見える人たちってだいたいこうだったなと思い返すことがあります。「デキそうに見える人」の最初の条件は、因果関係に基づいてものごとを整理してわかりやすい話ができる人、明確な根拠を示しながら手際よく自分の主張を述べる人です。では、彼らは実際にどんな手法でものごとを考え、どのようなテクニックをつかって主張しているのでしょうか。次回に続きます。

(本記事は『ファイナンス学者の思考法 どこまで理屈で仕事ができるか?』より、本文の一部を抜粋・加筆・再編集したものです)