新刊『ファイナンス学者の思考法 どこまで理屈で仕事ができるか?』は、ものごとを深く本質的に考えたい人に贈る、科学とビジネスをユニークな形でつないだ知的エッセイ。投資銀行と米系コンサルを経て大学教授へと転身した異色の経歴を持つ宮川壽夫氏が、話題書『新解釈 コーポレートファイナンス理論 「企業価値を拡大すべき」って本当ですか?』に続いて世の中に問いかける第二弾です。
ファイナンス理論をモチーフに「科学的な思考プロセス」をいかにしてビジネスの現場に活かすか、その方法と限界について軽妙な語り口でやさしく説きます。風を読みながら適応する「セール(帆)の理論」と、風の方向にかかわらず根本的に考えて進む「オール(櫂)の理論」、本書で展開されるこの新たなメタファーを通じて科学の思考を学べば、明日からきっと仕事へのアプローチが変わります。今回は、「頭がいい」と思われる人に共通する話し方をご紹介します。

頭がいい 話し方 コツPhoto: Adobe Stock

思考はボトムアップ、しゃべりはトップダウン

 下の図にあるのは「風邪をひかないロジックツリー」です(*)。ロジックツリーは論理が枝分かれしてつながる様子を図にして、問題の所在を突き止めたり、問題の全体像を見せたりするためのフレームワークです。ロジックツリーの作り方を解説しようというわけではありません。デキそうに見える人はこのロジックツリーのようにしゃべります。

ロジックツリー 論理的 ファイナンス 思考法『ファイナンス学者の思考法 どこまで理屈で仕事ができるか?』p.166より

 図のロジックツリーでは、最下段に「外出を避ける」とか「マスクをする」とか「早寝早起きをする」とか、風邪をひかないための具体的な政策変数が並んでいます。一旦このようにして情報を集めたら、要素ごとに束にしてグループを作ります。そして、グループにした理由を考えます。外出を避けたり、人混みに入らないことが風邪をひかないためになぜ有効かというと、これらは結局のところウイルスに近づかない行動を意味しているからです。あるいは、マスクをしたり、手を洗ったりするのはウイルスを付着させない努力です。ウイルスに近づかないことやウイルスを付着させないことは要するにウイルスを体内に侵入させないことを意味しています。一方、早寝早起きをしたり、運動をして鍛えるのは、万が一ウイルスが侵入したとしてもウイルスが活動しにくい体質を作るための方法です。逆に、ウイルスが侵入して活動し始めたら、その活動自体を抑えるために薬を飲むことになります。一方でウイルスを活動させないことが風邪の発症を避けるためには重要です。

 このように考えると(医学的に正しいかどうかはわかりませんが)、風邪の発症を防ぐためには大きく二つの方法があるという結論が得られます。すなわち、第一にウイルスを侵入させないこと、第二にウイルスに活動させないこと、です。ここで少し大事なことは、図の中のMECEと書かれている概念です。これは「Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive」の略で「モレがなくダブリがない」という意味です。「ミッシー」と一般的に呼ばれています。風邪の発症を避ける目的において、「ウイルスを侵入させない」ことと「ウイルスに活動させない」こと以外にモレはありませんし、この二つの方策にはダブリがありません。あるいは「ウイルスを侵入させない」ための二つの政策変数「ウイルスに近づかない」ことと「ウイルスを付着させない」こともお互いにモレがなくダブリがありません。とくに、説得力という点では「ダブリ」より「モレ」がないことがより重要です。私の経験ですが、「ダブリ」は後で気がついても修正が効きますが、「モレ」は精度の高い結論を出すには命取りとなります。

 なにかを考える場合には、さまざまな情報を収集し、グループに整理して、因果関係を推論し、結論を導きます。つまり図の下から上へとボトムアップの方向でモノを考えます。しかし、相手に伝えるときは自分が考えたとおりの順番で話をすると伝わりません。「風邪を発症しないためにはどうすればいいのか?」という問いに対して、バラバラに政策変数を提示するのではなく、「風邪の原因はウイルスなので、第一にウイルスを侵入させないこと、第二にウイルスに活動させないこと」というように結論から先に述べます。自分の考えを伝えるときには、図の上から下へとトップダウンとなります。つまり、まず結論から述べ、具体的な解決策を提示した上で、結論に至った理由を説明するという手順です。考えるときはボトムアップ、伝えるときはトップダウン、思考としゃべりの方向は真逆になります。

 また、なにかを説明するときや問題を指摘したり、解決策を提示するときにも、まずマクロの概念から始めて徐々にミクロに落とし込んでいくトップダウンの方向性を意識することが原則です。必ずしも万全とは言えませんが、そうするとわかりやすくて説得力のあるストーリーになることがあります。

 ロジックツリーにおいて注意が必要なのは、下の列に並んだ政策変数や要素がたくさんあっても、往々にして出てくる結論が具体的なアクションにつながらないもの、メッセージ性が低いもの、ただ単に図を編集したに過ぎない凡庸なもの、になってしまいがちであることです。それはもちろんロジックツリーを作る技術の巧拙ということもありますが、ただし、ロジックツリーはうまく完成させることが目的ではなく、むしろ思考を整理するための道具に過ぎません。作ってみたけどこの方法じゃだめだなということはいくらでもあります。

*これは私がずっと若いころにコンサルティング会社のトレーニングで教わったことを、記憶をたどりながら作成したもので正確な出所が不明ですが、念のため必ずしも私のオリジナルではありません。

(本記事は『ファイナンス学者の思考法 どこまで理屈で仕事ができるか?』より、本文の一部を抜粋・加筆・再編集したものです)