「だろ?あいつら、銀行の看板のことしか考えてないのさ。命がけで支店まで辿り着いたってのに、行員の安否を気遣うこともできない。シャッターがひしゃげて中途半端に開きっぱなしだったから、誰かが入ってこないように見張れって言われて、寒空の下で夜中までやらされたわ」

「ひどいですね」

「挙げ句の果てに『明日の朝の窓口はどうするんだ?』だってよ。午前9時に窓口を開けられない場合は大蔵省(当時)に報告しなきゃいけないんだとよ。お前らの体裁とこっちの命、どっちが大事なんだよ。さすがの俺も怒鳴ったわ。『そんなに知りたきゃ、お前が見に来いよ』って」

 その頃の私はまだ若く、支店運営のことなど知る由もなかったが、銀行は死んでも午前9時に支店を開けなければならないということだけは、理不尽と思いつつもよく分かった。

「悪い悪い、こんな話。女将、かつめし作って!ふたつね。こいつにも食わしたいねん。女将のかつめし、ほんとに美味いぞ。加古川じゃよく食べるんだけど、おかんが作ってくれたの、思い出すなあ」

書影『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)
目黒冬弥 著

 女将さんにだけは出てしまう故郷の訛り。この時、初めて食べた「かつめし」は忘れられない味になった。

 それから月日は流れ、2016年に金融庁は銀行法を改正。「午前9時から午後3時まで」とする営業時間が自由化された。きっかけのひとつは、行員の不足による地方銀行の支店撤退を食い止めること。命をかけて先輩行員が守り続けてきた、人権を無視した悪き慣習がやっと見直されたのだ。

 今後、銀行の店舗数はますます減っていくだろう。また、大型ショッピングモールなどの集客性の高い立地に、コンサルティングを中心にした業務のみを扱う小型店舗を出店していく動向も見られる。

 そうなると、銀行の店舗もショッピングモールの開店時間に合わせざるを得ない。何十年も命がけで守ってきた午前9時の開店も、思い出話になっていくのだろう。

 この銀行に勤め、四半世紀が過ぎた。この間、予想さえしなかったような災害もあった。私は今日もこの銀行に感謝しながら、日々の業務を懸命に全うせんとしている。

(現役行員 目黒冬弥)