そして、もう1つ考えられる原因が、ある男性職員の存在だった。仮にGさんとする。GさんはT作業所設立当初からの古株で、若い社員で構成されるT作業所の運営方針に強い影響を与えてきた。主に男性グループホームの夜勤の世話人をしており、たまに生活支援員としてT作業所に顔を出す。冗談好きで、性格は明るい。その反面、厳しい指導を旨としており、私は密かに「鬼軍曹」のあだ名をつけていた。

「鬼軍曹」の隠し球は
登山用の杖で叩くこと

 ヤス君はこのGさんがいないときに限って暴れる。逆に言えば、GさんがT作業所にいるときは、間違えても暴れることはない。それどころか、愛嬌を振りまくこともなく、終日怯えたように目を伏せている。

 まもなくしてわかったことだが、グループホームでのGさんの恫喝や暴力が、その理由だった。だとすると、その密室で受けた虐待による心の傷も、T作業所でのヤス君の「暴挙」を誘発する一因になっていたのか。

 ヤス君と同じDホームに居住する軽度知的障害の「かっちゃん」が、あるとき私にこう教えてくれた。

「Gさんは登山用の杖を自宅から持ってきて、Dホームに置いているんだ(この杖の存在は私も確認している)。ヤスがモタモタしたり、言いつけを守らなかったりしたとき、Gさんにその杖で頭をコツコツ殴られるんだよ。

 ヤスの部屋はキッチンの隣にあるけど、僕たちがキッチンにいるときは、Gさん、襖を半分閉めて殴っていた。僕たちに見えないからといって、殴る音は聞こえるし、ヤスの『痛いよ~!』という泣き声は聞こえるからね。僕が2階の自分の部屋にいても聞こえてくるんだから。

 でも、Gさんにやられるのは、ヤスだけじゃないよ。他にも『ご馳走様も言えないのか!』と頭を叩かれたり、直立不動で立たされたりした利用者もいたよ。あと大変な目に遭っているのは、何と言っても智ちゃんじゃないかな。智ちゃんはGさんにかなり痛めつけられているんだ」

「智ちゃん」は統合失調症が併存する中度の知的障害者である。いつも一匹狼の雰囲気を醸し出し、けっして集団と交わろうとしない。作業はほとんどやらず、絶えず作業所内を歩き回っては、ときに黙って姿をくらます。

 スタッフが少しでも高圧的に接すると、智ちゃんは怒り出す。体に触れようものなら、それこそ殴りかからんばかりに大声を発した。他の利用者と喧嘩になり、実際に殴りつけたこともある。