指でバツをつくる女性写真はイメージです Photo:PIXTA

著者が入職した知的障害者施設では、職員が「恋愛は禁止、障害者は結婚できない」と言ってはばからない。また、利用者の声に耳を貸さないばかりでなく「障害者が嫌いなんだよ!」と口にする職員もいる。思わず利用者が「障害者になりたくてなったんじゃない!」と叫ぶような職員の横暴とは。※本稿は、織田淳太郎『知的障害者施設 潜入記』(光文社新書)の一部を抜粋・編集したものです。

コロコロと変わるルールで
反省文を書かせ、懲罰を科す

 T作業所のパターナリズムと懲罰主義がエスカレートしていったのは、明らかにU子さんが入職してからである。彼女は「ルールを破った」と言っては、利用者を頭ごなしに叱り飛ばし、ときに突き放すような完全無視(ネグレクト)を決め込んだ。

 ただし、「ルール」と言っても、それはT作業所が一方的に決めたものである。しかも、「ルール」そのものが、その日の社員の気分や都合でコロコロと変わる。私も何がT作業所のルールなのか、皆目わからなかった。

 利用者を服従させるための常套手段として、U子さんはより多くの懲罰を用いた。反省文を書かせ、買い物やおやつ、タバコを禁止しただけでない。障害福祉サービスの利用や行事参加など、利用者が最も楽しみにしているものまで取り上げた。

 たいがいの利用者は大人しく服従したが、そのことでU子さんと衝突する利用者も何人かいた。その代表格とも言える存在が、中度の知的障害のある「キコちゃん」である。

 U子さんとキコちゃんのバトルは激烈さを極めた。この2人の衝突はあまりにも頻繁に起こったため、ここにすべてを書くスペースはない。

 では、U子さんやJさんは支援者としてどんな考えを抱き、利用者との関係において自分をどんな立ち位置に据えていたのか。そして、キコちゃんなど一部の利用者は、それに対してどんな反旗を翻したのか。

 以下、そのささやかなエピソードを紹介しつつ、話を進めていく。

「どうして買い物も行かせないんだ!」
その叫びを聞こうとしない社員

 キコちゃんは躁と鬱の双極傾向を持つ中度の知的障害者である。物心ついた頃に入所施設に預けられ、そこで人生の多くを過ごしてきた。所帯を持つ兄はいるが、大好きだった父親はすでに亡くなり、母親と言えば所在が不明である(少なくとも、キコちゃん本人は、その所在を知らない)。