
「Nothing About Us Without Us(私たち抜きに私たちのことを決めないで)」。これは世界に広まった障害者自立運動のスローガンだが、著者が入職した知的障害者施設では、利用者に対してさまざまな制限が設けられていた。怒りを抑えきれない知的障害者は、職員たちも予想しなかった行動に打って出る。※本稿は、織田淳太郎『知的障害者施設 潜入記』(光文社新書)の一部を抜粋・編集したものです。
「○子さんとお風呂に入りたい」
女性職員に抱いた恋心の表出
無理解ぶりと言えば、反省文を書かせること自体、知的障害のある彼らにとって混乱の元になりうることも、T作業所の社員はまったく考慮することがなかった。
アベッチは成人式を迎えたばかり。異性への興味を持ち始めるのは、むしろ当然のことで、ある女性パート職員に恋をしてしまった。しかし、いかんせん正直すぎる。「○子さんとお風呂に入りたい」などと、欲求をそのまま口に出してしまう。そのたびに職員の叱責を食らった。
「心で思うだけにして、口には出さないように」と私も何度か注意したが、「そうする」と言いながら、また同じことを口走る。あるとき、恋する女性スタッフに「一緒にトイレに入りたい」との要請を断られ(当然だが)、カッときたアベッチがその女性の肩を叩いてしまった。
このときもアベッチは社員に雷を落とされた上、反省文を厳命された。しかし、何をどう書いていいのかわからない。私に泣きついてきた。
「○子さん、叩いてごめんなさい。もうしません」
という簡単な文言だけを教えた。アベッチがその反省文を手にスタッフルームのU子さんを訪ねると、いきなり甲高い声がドア越しに響き渡った。
「これじゃ、ダメでしょ!?自分が何をしたか、知ってるの!?具体的に書きなさい!」
反省文の強要は
分断を生む愚行
項垂れて戻ってきたアベッチが、またもや私に泣きついてきた。
「具体的って何?書き方、わからない。どうしたらいい?」
以前、別のパート職員に反省文の書き方を教わったが、それを忘れてしまったという。
「じゃ、言う通り書いてごらん」と、口述による筆記をさせた。その途中でアベッチが「これからは心のなかで思うようにしますって書く?」と聞いてきた。その正直さに苦笑した。
「それを書いたら、また叱られるよ」